『保古飛呂比』 保古飛呂比 2 元治1年~慶応3年 p.517

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るゝ處と相成候はゞ幸と、若し俗論派のため拒まれ、之を採らざる事に相成候はゞ、實に不安次第, を成さゞるべしと決し申候、扠又茲に愈薩長の一致協合固く、實に愉快なる事に相成申候、其下ノ, と可相成、實は此小銃を携へ居り、本藩に持行き、大ニ爲さんと欲する處ある事情を、才谷より下, ん、早速に探り見んと、才谷も大にあせり探索候處、才谷聞來り密話二、出帆の船は薩船にて、薩, 因循にして之を用る事を爲さゞる時は、又下ノ關に引〓し持歸るべし、長藩に於て之を用る事に計, ふ可しと云はれ候、我々土藩の者何の面目あつて再び長藩人に見へん、此一事最早成否如何により, ては、最後の一決を行ふの外無之と、才谷倶々談論仕候、是非此事は一死を期して盡す可くと誓, ノ關に結合せし長藩人伊藤俊介にいさい打明け談話いたし候處、伊藤云、土佐に持行き、若し土佐, 藩大久保市藏下ノ關に來り、長藩との打合せも出來、薩兵は追々小倉の地に繰出し、長藩并末藩岩, ひ、御國元へ著之上の方策を講じ、如何の事に成行き、又如何樣の儀あるも、再び長藩に持歸る事, 國・長府・清末等の兵は下ノ關に集め、京師の事に應ずる打合せ濟み了て出帆せし事なる由にて、, 實に此事を聞く哉心事不易、御國元藩論未だ雙派に別れ一決せず、其時薩長は最早一致、我本藩因, 關著港の際、一の蒸汽船煙を揚げて東を差して進行するを見る、此事如何、何歟確たる事も候は, 循最早一日も油斷不相成、速二土佐に歸り大に此等の事情を陳べ、是非薩長と事を合する外無之、, 速に土佐に行かんと決し、急ぎ下ノ關出帆の用意を爲し、才谷梅太郎・中島作太郎・私、外に長崎, 卷十九慶應三年, 五二二

  • 卷十九慶應三年

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  • 五二二

注記 (17)

  • 1803,535,60,2369るゝ處と相成候はゞ幸と、若し俗論派のため拒まれ、之を採らざる事に相成候はゞ、實に不安次第
  • 1028,527,61,2368を成さゞるべしと決し申候、扠又茲に愈薩長の一致協合固く、實に愉快なる事に相成申候、其下ノ
  • 1692,535,61,2369と可相成、實は此小銃を携へ居り、本藩に持行き、大ニ爲さんと欲する處ある事情を、才谷より下
  • 807,528,60,2374ん、早速に探り見んと、才谷も大にあせり探索候處、才谷聞來り密話二、出帆の船は薩船にて、薩
  • 1471,528,63,2377因循にして之を用る事を爲さゞる時は、又下ノ關に引〓し持歸るべし、長藩に於て之を用る事に計
  • 1361,534,60,2371ふ可しと云はれ候、我々土藩の者何の面目あつて再び長藩人に見へん、此一事最早成否如何により
  • 1249,534,61,2372ては、最後の一決を行ふの外無之と、才谷倶々談論仕候、是非此事は一死を期して盡す可くと誓
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