『保古飛呂比』 保古飛呂比 2 元治1年~慶応3年 p.540

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龍馬も種々苦心仕候、果して變事も生ぜん、又此大英斷に對しては、必ず哉之れに異論者も生ぜん、, 相成候〓の形勢申上候、此上を何も無事に成り候とも被思不申、必ず一大事變事を生し可申に付、, 其御積り被爲在、長崎の御用都合によりては、早々一ト度涌も角も御國へ御歸り被爲在、御盡力之, 光丸のために害せられ候イロハ丸償金の殘金を受取らんため、其方に著手し、紀州にも趣き、又其, 無之を期し難く、是非共此形勢を詳細に御國元の同志輩に報じ、何れも最早必死決心にて京師に出, 御國元へ歸る事に仕候、今日は夫々用意をなし、明十五日には京師出達の事に取極め申候間、此段, て、變の生じたる時に應ぜん事の謀り事を爲すに如かずと、龍馬と打合せの上、龍馬と別れ、急き, 如斯形勢に立至り申候處、果して能く行はるべき事なる哉、何歟必ず大變事を生ずる事も候半んと、, 申上置度、先づ高知を發し、京師滯留中より、又京師を發して、一と度右之事情により歸國仕事に, 徳川幕府の臣に於ても、必ず内向きに事を生ぜん、彼是打合せの上、中島作太郎は、兼て紀州船明, 他にも馳せ、免に角殘金を急に取來る事に掛り候事二相成り、又兼て京師に出居候戸田雅樂は大宰, 府御滯在の三條卿へ、右の形勢を言上として出達する事に相成申候、又私は龍馬と打合せ、到底變, 載ノ一遇、爲天下萬姓大慶不過之、此段迄不取敢奉申上候、〓々頓首、, 才谷梅太郎樣, 十月十三日後藤〓二郎, 十月十三日, 後藤〓二郎, 卷十九慶應三年, 五四五

  • 卷十九慶應三年

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  • 五四五

注記 (19)

  • 1400,495,67,2367龍馬も種々苦心仕候、果して變事も生ぜん、又此大英斷に對しては、必ず哉之れに異論者も生ぜん、
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