『大日本史料』 6編 23 延文5年2月~康安元年12月 p.782

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勢なれば、つゞく軍勢を相待候處に、義長謀反をおこさんとして、過をそれ, 都よりしのびて下りし大名諸侍の所領懸命の地を沒收して、人民高卑の, して打しりぞけ候處に、京勢は下らず、諸國の軍兵は、みな國々へ歸りぬ、無, へて裁斷にをよぶ上に、非に落て闕所せられんは力なし、畠山入道が私曲, ずる處に、將軍すなはち義長をすて給ひ、御所をしのび出て、西山に御陣を, すへられ、仁木追罰の由仰出され候物を、某がくはたて故と御耳に入候こ, を討んとはかり候によつて、それかし力及ばず、一矢射て腹をきらんと存, そ、難儀の事に候と申せば、左馬頭殿は、さればとばかり仰せられて御座を, 差別なく、私のふるまひはなはだし、近國の武士ども、これをうらみて訴へ, がしに懸て、將軍を取籠たてまつり、某をはじめて、天王寺にむかひし武士, 立給ふ、いと無興にぞ見えたる、畠山入道は猶これにもこりずして、今度京, る者あれば、大きにいかつて追籠、當座に鼻をつかせければ、これにおそれ, 日毎にたえず、はじめのほどは畠山耳へも聞入ず、奉行頭人請取て披露す, て、訴訟の事を取次人もなし、されば懸命の領地を沒收せらるとも、訴訟を, によつて、過なくして科人となる、これ何事ぞや、向後畠山を執事として、政, 南朝正平十六年北朝康安元年十一月二十六日, ノ異志ヲ, 國清義長, 説ク, ノ横暴ヲ, 訴フ, 諸人國清, 南朝正平十六年北朝康安元年十一月二十六日, 七八二

頭注

  • ノ異志ヲ
  • 國清義長
  • 説ク
  • ノ横暴ヲ
  • 訴フ
  • 諸人國清

  • 南朝正平十六年北朝康安元年十一月二十六日

ノンブル

  • 七八二

注記 (24)

  • 1708,627,63,2206勢なれば、つゞく軍勢を相待候處に、義長謀反をおこさんとして、過をそれ
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