『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 8 訳3上1637年08月-1638年06月 p.119

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殺して生命を奪うものも何人かいた。, をもって堪えられていた。しかし現在の領主は、その住居を江戸に持っていながら、やはりそ, 彼等の妻たちや子供たちを、彼等の身の上に期待されている凌辱や恥辱を二度と見ないため、, り、支配に當っている彼の執政官たちには、父の常に用いた極惡な行爲を以て脅迫しかつまた, の間に死ぬよりは、みんな一度に死ぬべきだとの決議が行われ、最も重立った人々のなかには, み、それとともに嶋の大部分の支配者となったこと、そして、それは、彼等の領主、すなわち, 同月十八日及び十九日風は南、ついでまた南西から吹いた。長崎の灣の南方、アリマの地, 實行させるよう命じた。そのためにこの叛亂は生じたのであり、そして多くの人々が長い時間, 樣々の凌辱や〓辱を加えた。それらのことは、その當時は彼が在國していたため我慢され忍耐, の父の足跡に従って事を行おうとして、農民には, 自身もまた蜂起し、執政官を殺害し、殘る貴人たちを城, って、根やその他地上に自生する果實類による以外には彼等の生命を維持できない有樣とな, に追い込, がこれより先やはり種々憤懣を起すような處置を命じてあった、と, の領士, 氣本上納できる以上のものを税として課し、そしてその結果、殆んど飢餓のため憔悴し切, わる古寫本, 方の眞向いのアマクサの惶, 〓の農民たちが、彼等の對岸のこの叛亂のことを聞いて、彼等, 〓天草ハ, 一六三七年十二月, ○富岡城。肥前唐津城主寺澤氏の, 城代三宅藤兵衛が在城していた。, 十五日から五月二十四日までの二つの殘闕部分として傳, ○〓本はこの部分以降翌年一月十六日まで、及び二月一二, クラツ, ("t eijlant amaxa), の農民たちが、彼等の對岸のこの叛亂のことを聞いて、彼等, 頭堅高。, ○寺澤兵庫, 長期間の處, を希ひ妻女, 用より寧ろ, りて父の苛, 富岡城孤立, 家江戸に在, 時の捨身, 土著武士等, をも〓す, 重政の嗣勝, も亦蜂起す, 政を繼ぐ, 天草の農民, その理由, 寺澤堅高〓, 政を布く, す, 一六三七年十二月, 一一八

割注

  • ○富岡城。肥前唐津城主寺澤氏の
  • 城代三宅藤兵衛が在城していた。
  • 十五日から五月二十四日までの二つの殘闕部分として傳
  • ○〓本はこの部分以降翌年一月十六日まで、及び二月一二
  • クラツ
  • ("t eijlant amaxa)
  • の農民たちが、彼等の對岸のこの叛亂のことを聞いて、彼等
  • 頭堅高。
  • ○寺澤兵庫

頭注

  • 長期間の處
  • を希ひ妻女
  • 用より寧ろ
  • りて父の苛
  • 富岡城孤立
  • 家江戸に在
  • 時の捨身
  • 土著武士等
  • をも〓す
  • 重政の嗣勝
  • も亦蜂起す
  • 政を繼ぐ
  • 天草の農民
  • その理由
  • 寺澤堅高〓
  • 政を布く

  • 一六三七年十二月

ノンブル

  • 一一八

注記 (49)

  • 818,599,56,884殺して生命を奪うものも何人かいた。
  • 1651,603,63,2274をもって堪えられていた。しかし現在の領主は、その住居を江戸に持っていながら、やはりそ
  • 917,593,66,2246彼等の妻たちや子供たちを、彼等の身の上に期待されている凌辱や恥辱を二度と見ないため、
  • 1230,600,66,2280り、支配に當っている彼の執政官たちには、父の常に用いた極惡な行爲を以て脅迫しかつまた
  • 1021,607,65,2271の間に死ぬよりは、みんな一度に死ぬべきだとの決議が行われ、最も重立った人々のなかには
  • 389,583,62,2292み、それとともに嶋の大部分の支配者となったこと、そして、それは、彼等の領主、すなわち
  • 701,646,67,2232同月十八日及び十九日風は南、ついでまた南西から吹いた。長崎の灣の南方、アリマの地
  • 1126,601,65,2278實行させるよう命じた。そのためにこの叛亂は生じたのであり、そして多くの人々が長い時間
  • 1753,603,67,2280樣々の凌辱や〓辱を加えた。それらのことは、その當時は彼が在國していたため我慢され忍耐
  • 1551,609,60,1183の父の足跡に従って事を行おうとして、農民には
  • 499,593,60,1414自身もまた蜂起し、執政官を殺害し、殘る貴人たちを城
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