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タイオワンへ引返したこと。, リス・カエサルはボンジョイ等の許可を得て上陸した。彼は、同船が去る九月十日にタイオワ, 船を出すことを命令して頂きたい、と閣下に願わせた。閣下は暫くしてこのことを命令され、, くである。即ち、, を知事の屋敷に遣わして、通常の碇泊地に接舷出來るよう前記のスヒップ船を曳航する, ンを出帆し、そして幾多の嵐や危險を冒して、漸く當地に到著した顛末と、五一九九四グルデ, ン七スタイフェル一四ペニングに及ぶ積荷を齎した旨を報告した。その積荷の構成は以下の如, 上同船は午後二時頃、嶋の前面に到著して投錨した。同船が臨檢を受けると、上級商務員コルネ, 當地で來航が期待されていたスヒップ船オーストカッペル號は帆柱を失い、また船體損傷して, 同月七日風と天氣は前日に同じ。夜が明けると直ぐに、通詞ディンビオエ殿〓, 即ち黄色生絲, が同船で當地に來たこと。また、永らく, 白生絲三一六四カッティー, 一九四三カッティー, サン・トメ産の鮫皮一二〇〇枚, (tolck dimbioyedonne), 即ち黄色生絲一九四三カッティー, 事會員に列する。一旦歸國ののち、一六五一年に東インド評議會員外參事として再來、バタフィア法務委員會の委員, 記す。, ○猪股傳兵衞、, 衞殿と, 以下本文、傳兵, を勤める。一六五三-五六年、タイオワン長官、一六五七年一日, (witte rouwe zijde), ザイエル號, 著岸, 東インド評議會正參事に昇格したが同年十月、同地で死歿した, して聯合東インド會社に入り廣南に勤務ののちタイオワンに轉じ、一六四一年五月七日上級商務員に昇格、同地の參, 事會員に列する。一旦歸國ののち、一六五一年に東インド評議會員外參事として再來、バタフィア法務委員會の委員, 兵衞, 白生絲, 通詞猪股傳, 陸す, 其内容, 積荷額及び, 消息, オースト力, ッペル號の, 棧留産鮫皮, カエサルト, 陸す, 白絲, 通詞猪股傳, 一六四一年十一月長崎にて, 六
割注
- 記す。
- ○猪股傳兵衞、
- 衞殿と
- 以下本文、傳兵
- を勤める。一六五三-五六年、タイオワン長官、一六五七年一日
- (witte rouwe zijde)
- ザイエル號
- 著岸
- 東インド評議會正參事に昇格したが同年十月、同地で死歿した
- して聯合東インド會社に入り廣南に勤務ののちタイオワンに轉じ、一六四一年五月七日上級商務員に昇格、同地の參
- 事會員に列する。一旦歸國ののち、一六五一年に東インド評議會員外參事として再來、バタフィア法務委員會の委員
- 兵衞
- 白生絲
- 通詞猪股傳
- 陸す
頭注
- 其内容
- 積荷額及び
- 消息
- オースト力
- ッペル號の
- 棧留産鮫皮
- カエサルト
- 陸す
- 白絲
- 通詞猪股傳
柱
- 一六四一年十一月長崎にて
ノンブル
- 六
注記 (45)
- 1464,594,54,656タイオワンへ引返したこと。
- 944,594,57,2274リス・カエサルはボンジョイ等の許可を得て上陸した。彼は、同船が去る九月十日にタイオワ
- 1153,588,59,2255船を出すことを命令して頂きたい、と閣下に願わせた。閣下は暫くしてこのことを命令され、
- 635,593,49,387くである。即ち、
- 1254,720,60,2150を知事の屋敷に遣わして、通常の碇泊地に接舷出來るよう前記のスヒップ船を曳航する
- 839,593,59,2277ンを出帆し、そして幾多の嵐や危險を冒して、漸く當地に到著した顛末と、五一九九四グルデ
- 735,600,59,2273ン七スタイフェル一四ペニングに及ぶ積荷を齎した旨を報告した。その積荷の構成は以下の如
- 1047,503,60,2365上同船は午後二時頃、嶋の前面に到著して投錨した。同船が臨檢を受けると、上級商務員コルネ
- 1568,585,58,2282當地で來航が期待されていたスヒップ船オーストカッペル號は帆柱を失い、また船體損傷して
- 1359,580,61,2006同月七日風と天氣は前日に同じ。夜が明けると直ぐに、通詞ディンビオエ殿〓
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