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歸って來るまで當地に滯在することとする。, 間も風はさほどなく、あっても西北の風であった。, へやって來た。彼は、彼の江戸に著く以前にサフィアン殿は出發してしまっており、そのこと, に知らせた。そこでウィッカム君がそれを正すため彼とともに大坂へ行った。そして私は彼が, が、何もすることのできなかった理由である、と語った。私は彼に、サフィアン殿が長崎に著, の從者に托して送った、等々。, ジョルジュ・ドゥロイスが、何もすることなく江戸から歸って、私に逢うため大坂から當地, おきたいからである。そこで彼は私に、萬事滿足の行くようしとげるつもりだ、と約束した。, 鉛を受取るためサフィアン殿が派遣した從者たちのひとりが今朝堺に來て、重量の誤記を私, いたら、彼(, 〓十七日, の從者に支拂い、そのことを知らせる手紙を一通、私は彼, 今朝はなお寒い靜穩な天氣であり、霜を伴なった。その後は日中も夜, とができないが、日記を持っていて彼と勘定を濟ませるために、ウィッカム君を一兩日殘して, に接近する道をつけてもらった上、, が數人の友人たちに頼んで、彼〓, さらにまた私はミアコにいる我々のマキ職人から一組の洗面器と水差し, 1を受取った。値段は四五匁で、それをイートン君がひとりで、これを持參した彼, に宛てて書き、それを彼, ○〓外註に「日, ○寢室に備用する洗面器, 曜日」とある。, ○マキ, 職人「, 附きの水差しを普通はa, ○マキ, etwer and basin, ○ドゥロ, イス。, 職人, ○サフィ, といっている。, ン。, の誤を報ず, 大坂に〓ら, ドウロイス, 歸り鉛秤量, ムを殘して, 京都の蒔繪, にウィツカ, 江戸よりの, の從者堺に, ウィツカム, んとす, 師より洗面, 歸途堺にコ, ックスを訪, を大坂に歸, 長谷川藤廣, 具を受領す, コックス堺, す, ふ, 一六一六年十一月, 五七五
割注
- ○〓外註に「日
- ○寢室に備用する洗面器
- 曜日」とある。
- ○マキ
- 職人「
- 附きの水差しを普通はa
- etwer and basin
- ○ドゥロ
- イス。
- 職人
- ○サフィ
- といっている。
- ン。
頭注
- の誤を報ず
- 大坂に〓ら
- ドウロイス
- 歸り鉛秤量
- ムを殘して
- 京都の蒔繪
- にウィツカ
- 江戸よりの
- の從者堺に
- ウィツカム
- んとす
- 師より洗面
- 歸途堺にコ
- ックスを訪
- を大坂に歸
- 長谷川藤廣
- 具を受領す
- コックス堺
- す
- ふ
柱
- 一六一六年十一月
ノンブル
- 五七五
注記 (55)
- 736,625,56,1048歸って來るまで當地に滯在することとする。
- 1052,627,55,1209間も風はさほどなく、あっても西北の風であった。
- 527,639,56,2263へやって來た。彼は、彼の江戸に著く以前にサフィアン殿は出發してしまっており、そのこと
- 842,627,56,2278に知らせた。そこでウィッカム君がそれを正すため彼とともに大坂へ行った。そして私は彼が
- 421,630,57,2272が、何もすることのできなかった理由である、と語った。私は彼に、サフィアン殿が長崎に著
- 1260,634,55,711の從者に托して送った、等々。
- 632,684,55,2223ジョルジュ・ドゥロイスが、何もすることなく江戸から歸って、私に逢うため大坂から當地
- 1679,626,56,2259おきたいからである。そこで彼は私に、萬事滿足の行くようしとげるつもりだ、と約束した。
- 947,674,56,2231鉛を受取るためサフィアン殿が派遣した從者たちのひとりが今朝堺に來て、重量の誤記を私
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- 1124,575,105,268〓十七日
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- 1158,1200,54,1710今朝はなお寒い靜穩な天氣であり、霜を伴なった。その後は日中も夜
- 1783,630,59,2271とができないが、日記を持っていて彼と勘定を濟ませるために、ウィッカム君を一兩日殘して
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- 311,1066,78,789が數人の友人たちに頼んで、彼〓
- 1573,685,61,1744さらにまた私はミアコにいる我々のマキ職人から一組の洗面器と水差し
- 1470,934,56,19681を受取った。値段は四五匁で、それをイートン君がひとりで、これを持參した彼
- 1367,2315,55,593に宛てて書き、それを彼
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