『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 7 訳文編之2(下)天文23年12月~弘冶1年12月 p.18

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年、インドに向けて出発し、翌年にセイロン島コロンボに派遣された。しかし、一五五三年、, 〇○レグアのところにあります。そして、彼は、ゴアの学院の院長であるメストレ・ガスパー, をたいへん喜んでいると思われるので、焦らないように、と彼に言っていました(〇『聖フラ, エル・デ・モラーレス(〇一五一一~一三年の間に、ポルトガルのブラガンサbragancaに生, 病気によりゴアに帰還し、間もなく同地において没した。)に出会いました。彼は、両足を腫, 向であるとの知らせを受けました。こうして、シナ人商人達もまた、国王や高官達は彼のこと, そして、彼はこの港から、コーチンに滞在するためにマラッカから来るよう従順〔の命令〕, ル〔・バルザエウス〕に呼ばれていましたので、私達は二人とも、そこからコーチンに来まし, まれる。一五四五年四月二十九日、コインブラで司祭としてイエズス会に入会した。一五五, らし、たいへん難儀をしながら、その土地のキリスト教徒達を訪ね、ポルトガル人達に説教を, ンシスコ・ザビエル書翰集』第二巻、第一三三号文書、五〇五頁の注七を参照。)。, 頁を参照。)。そして、セイラン島(○スリランカ島。)に到着すると、私は、パードレ・マヌ, し、子供達に教義を教えていました。この島は、マラッカから四〇○レグア、コーチンから一, た。両人(〇モラーレスとバルザエウスを指す。)とも、既に天国にいます。猊下が、ゴアの, を私に送りました(○『聖フランシスコ・ザビエル書翰集』第二巻、第一三四号文書、五〇七, に会う, モラーレス, ロン島にて, ペレスセイ, 一八

頭注

  • に会う
  • モラーレス
  • ロン島にて
  • ペレスセイ

ノンブル

  • 一八

注記 (20)

  • 949,597,59,2286年、インドに向けて出発し、翌年にセイロン島コロンボに派遣された。しかし、一五五三年、
  • 530,593,63,2320〇○レグアのところにあります。そして、彼は、ゴアの学院の院長であるメストレ・ガスパー
  • 1677,606,60,2312をたいへん喜んでいると思われるので、焦らないように、と彼に言っていました(〇『聖フラ
  • 1155,610,60,2312エル・デ・モラーレス(〇一五一一~一三年の間に、ポルトガルのブラガンサbragancaに生
  • 842,598,62,2319病気によりゴアに帰還し、間もなく同地において没した。)に出会いました。彼は、両足を腫
  • 1780,606,60,2316向であるとの知らせを受けました。こうして、シナ人商人達もまた、国王や高官達は彼のこと
  • 1467,655,61,2232そして、彼はこの港から、コーチンに滞在するためにマラッカから来るよう従順〔の命令〕
  • 428,603,62,2308ル〔・バルザエウス〕に呼ばれていましたので、私達は二人とも、そこからコーチンに来まし
  • 1052,604,59,2286まれる。一五四五年四月二十九日、コインブラで司祭としてイエズス会に入会した。一五五
  • 740,606,61,2307らし、たいへん難儀をしながら、その土地のキリスト教徒達を訪ね、ポルトガル人達に説教を
  • 1575,616,56,1990ンシスコ・ザビエル書翰集』第二巻、第一三三号文書、五〇五頁の注七を参照。)。
  • 1261,600,60,2322頁を参照。)。そして、セイラン島(○スリランカ島。)に到着すると、私は、パードレ・マヌ
  • 637,599,62,2302し、子供達に教義を教えていました。この島は、マラッカから四〇○レグア、コーチンから一
  • 327,599,59,2312た。両人(〇モラーレスとバルザエウスを指す。)とも、既に天国にいます。猊下が、ゴアの
  • 1365,611,60,2308を私に送りました(○『聖フランシスコ・ザビエル書翰集』第二巻、第一三四号文書、五〇七
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