『大日本史料』 1編 7 承平 6年正月~天慶4年8月 p.618

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茂等、相模國, 云もの、東にて謀反おこしたりけり、是をたひらけんために、民部卿忠文を, 夜詠此句、將軍拭〓之、, 古人語云、忠文民部卿、爲大將軍下向之時、宿駿河國清見關、軍監清原滋藤、, 路のおもひ出ともなりぬへきわたりなり、むかし朱雀天皇の御時、將門と, つかはしける、此關にいたりてとゝまりけるか、清原滋藤といふ者、民部卿, 以之爲善也云々、, 漁舟火影寒燒浪、驛路鈴聲夜過山, 之旨、戸部抛箸起座即參内、給節刀之後、不能皈宅、直赴洛外云々、勇士之所志、, らはれて波に咽ひ、磯の鹽屋ところ〳〵風にさそはれて煙たなひけり、東, にともなひて、軍監と云つかさにて行けるか、漁舟の火のかけは寒くして, 於東國企叛逆之時、以宇治民部卿、忠文、爲追討使、而羞膳之間、聞可有此宣下, 〔東關紀行〕清見か關も過うくてしはしやすらへは、沖の石村々鹽干にあ, 西念云、吾聞、天慶年中、平將門, 〔吾妻鏡〕十六建仁元年四月六日、乙酉, 被致, 〔江談抄〕四, 杜荀鶴宿, 臨江驛詩、, カヽル、本月十九日ノ條ニ收ム、, 、〇下略、興世王、誅ニ伏スルコトニ, ○中, ニシ, 略, テ古詩ヲ, 抛ツテ參, 進發ス, 詠ズ, 忠文箸ヲ, 忠文〓ヲ, 清原滋藤, 清見關ニ, 内シ直ニ, 拭フ, 天慶三年二月八日, 六一八

割注

  • 杜荀鶴宿
  • 臨江驛詩、
  • カヽル、本月十九日ノ條ニ收ム、
  • 、〇下略、興世王、誅ニ伏スルコトニ
  • ○中
  • ニシ

頭注

  • テ古詩ヲ
  • 抛ツテ參
  • 進發ス
  • 詠ズ
  • 忠文箸ヲ
  • 忠文〓ヲ
  • 清原滋藤
  • 清見關ニ
  • 内シ直ニ
  • 拭フ

  • 天慶三年二月八日

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  • 六一八

注記 (36)

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