『大日本史料』 1編 23 寛和元年 4月~12月 p.194

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

り給ひけれは、帝つく〳〵視給ひて、之はこれ眞の像にはあらさるへしといひて還し, 像と往生要集とを安置し、大師の號を諡して、恭敬禮拜し給へり、吾朝にいにしへよ, を乞もとめ給ひけれは、弟子延圓阿闍梨に眞影をうつさしめて、僧都これを宋國へ贈, 給ふ、僧都その奇異のほとを感して、自ら畫きて再ひおくり給へは、帝歎して曰、容, 貌凡人ならす、これこそ眞の像なれと、すなはち宣旨を下して塔を起立し、其中に影, をよせて、五十間の書樓を建立し、彩壁畫棟輪奐莊嚴して、要集をその中に安置す、, ゝる不思議をあらはすなるへしとて、東にむかひて楞嚴院源信如來ととなへて禮拜尊, 敬せり、眞宗皇帝は往生要集を披覽して大にこの道を感伏し、歸依の餘り僧都の影像, り多くの碩徳ましますといへとも、漢土の天子より大師の諡をうけ給ふ事は、古來本ま, 相かへりみて云く、要集にのふる所の法門は、みなこれ誠諦の金口に同しけれは、か, にをさむ、緇素貴賤隨喜して、男女の弟子五百餘人、おの〳〵發心して相ともに淨財, 國清寺の經藏に三〓あり、上には佛説の經典を安置し、中には菩薩所造の論をおき、, 翌立朝これを見れは上〓にあり、人々あやしみて下〓におくに、また上〓にあり、宋人, 下には人師の書籍をおく、往生要集はすてに人師の撰述なれば、下〓に安置するに、, 寛和元年四月是月, 要集ニ載ス, ル法門ハ皆, ニ同ジ, 誠諦ノ金口, 寛和元年四月是月, 一九四

頭注

  • 要集ニ載ス
  • ル法門ハ皆
  • ニ同ジ
  • 誠諦ノ金口

  • 寛和元年四月是月

ノンブル

  • 一九四

注記 (21)

  • 681,698,58,2181り給ひけれは、帝つく〳〵視給ひて、之はこれ眞の像にはあらさるへしといひて還し
  • 307,690,62,2192像と往生要集とを安置し、大師の號を諡して、恭敬禮拜し給へり、吾朝にいにしへよ
  • 809,701,59,2182を乞もとめ給ひけれは、弟子延圓阿闍梨に眞影をうつさしめて、僧都これを宋國へ贈
  • 557,695,60,2189給ふ、僧都その奇異のほとを感して、自ら畫きて再ひおくり給へは、帝歎して曰、容
  • 434,692,59,2190貌凡人ならす、これこそ眞の像なれと、すなはち宣旨を下して塔を起立し、其中に影
  • 1703,701,58,2146をよせて、五十間の書樓を建立し、彩壁畫棟輪奐莊嚴して、要集をその中に安置す、
  • 1065,703,59,2178ゝる不思議をあらはすなるへしとて、東にむかひて楞嚴院源信如來ととなへて禮拜尊
  • 937,690,59,2194敬せり、眞宗皇帝は往生要集を披覽して大にこの道を感伏し、歸依の餘り僧都の影像
  • 187,701,62,2175り多くの碩徳ましますといへとも、漢土の天子より大師の諡をうけ給ふ事は、古來本ま
  • 1193,693,58,2182相かへりみて云く、要集にのふる所の法門は、みなこれ誠諦の金口に同しけれは、か
  • 1832,705,58,2174にをさむ、緇素貴賤隨喜して、男女の弟子五百餘人、おの〳〵發心して相ともに淨財
  • 1576,697,60,2149國清寺の經藏に三〓あり、上には佛説の經典を安置し、中には菩薩所造の論をおき、
  • 1322,692,58,2187翌立朝これを見れは上〓にあり、人々あやしみて下〓におくに、また上〓にあり、宋人
  • 1448,694,58,2149下には人師の書籍をおく、往生要集はすてに人師の撰述なれば、下〓に安置するに、
  • 1946,739,46,346寛和元年四月是月
  • 1254,350,40,204要集ニ載ス
  • 1208,354,44,207ル法門ハ皆
  • 1123,360,37,109ニ同ジ
  • 1164,348,43,210誠諦ノ金口
  • 1946,739,47,347寛和元年四月是月
  • 1947,2572,41,105一九四

類似アイテム