『大日本史料』 2編 1 寬和2年6月~正暦4年6月 p.369

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よしにしるせり、, ちにて、和歌によめる鳴海寺是なり、, ふかた有て、夜な〳〵行けるに、霜月廿日あまりの夜明がたに、彼方より, ければ、召つれたる若もの二三人して、高き卒都婆の有けるをとり、橋に, 歸るとて、地獄澤といへる小川にかゝりけるが、氷はりつめて渡りかね, なく元命朝臣大病をうけ、從者爲家と共に卒して、焔王の前に至り、罪業, 元命朝臣は猶惡事やまずして、國人ににくまれ、終りをよくせざりしと, 架しけるに、此そとはに地藏菩薩を彫付たりしを踏て渡りけるが、ほど, ぞ、爲家は罪業をおそろしくおもひて、六角二階の伽藍を營み、閣上に十, 八體の地藏を安置し、中尊に丈六の地藏の大像を造り、東海道の側に安, をたゞされけるを、彼地藏尊出給ひ、さま〴〵わび給ひて蘇生しけるに、, 置し、鳴海の地藏と稱せしが、年つもりて破壞せしを、一圓上人再興せし, 無住國師中興し、應永四年、今の宗になりて、瑞泉寺に屬す、尾張六地藏のう, 朝臣の家臣爲家、草堂を營み、地藏の大像を安置せしを、應安五年、長母寺の, 地藏靈驗記に、藤原元命朝臣は、凶惡の人にて、鳴海に住けるが、忍びて通, 永祚元年二月五日, 從者爲家, 伽藍ヲ營, 受クトノ, 地藏ノ罰, ニテ病ヲ, ミ地藏ヲ, 鳴海ニ住, 安置ス, 説, ム, 永祚元年二月五日, 三六九

頭注

  • 從者爲家
  • 伽藍ヲ營
  • 受クトノ
  • 地藏ノ罰
  • ニテ病ヲ
  • ミ地藏ヲ
  • 鳴海ニ住
  • 安置ス

  • 永祚元年二月五日

ノンブル

  • 三六九

注記 (28)

  • 280,733,53,492よしにしるせり、
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