『大日本史料』 2編 3 長徳3年9月~長保2年9月 p.397

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

○百練抄、異事ナキヲ以テ略ス、, 米并涌出之油等勘文、可進之由仰了、, 寺趾の事、いまた詳ならす, 〔參考〕, 又召文章博士中原朝臣致明、藤原弘道等、仰云、大宰府所獻雨, 〔御堂關白記〕一三月七日、〓申、參内, 八日、辛酉, 「さて此平井寺と云は、必地名に寄て負せたる寺號なるへし、, 〔太宰管内志〕, 御覽從大宰所獻雨米、, 涌出油等、, 平井寺, 京都郡, をはきあにとに保る井, 長徳五年正月一日正六位上行大典酒井宿禰, 云重らる賀云て高は寺, 長保元年三月七日, ・重て按するに、片島村に豐原山平泉寺トコウヰ, ンとて藥師堂殘れり、古は七堂伽藍なりと云、境, ○中略、所充ノ, 内多く、は荒て畠となる、堂は入り二間、横四間許に, 豐前, 之五, コトニカヽル, ○中, 此郡の人なるか、此郡諫山と云地、和名抄に見えたり、重ねて考ふるに、賀田, ○上, 村ありて、賀田と云所はきこえす、さて宇原庄とあるも、宇は宮の誤にて、, 原なるへきか、村名帳に、京都郡長川庄宮原村あり、次に不知山長松と云は、, ても考ふへし、追考、神田村ノ内馬場ノ宇原八蟠社あり、賀田は片島を云、, しきこゝちす、もし相分は、大分をあやまるなとにはあらぬか、委くは重ね, して東向なり、荒津村の淨土宗清林寺の預りなり、, は刈田を云にや、此事は苅田郷ノ下にも聊いふへし、又彼園守女とあるも、, なり、和名抄にも、京都郡高來とあり、又今の村名帳にも、京都郡新津保高, 國守女にてはなきや、國守光輔ともあり、又相分郡司とあるも、聊まきらは, 略, 〓上略、前掲本朝世, 略, ある方正しくして、後に賀田郷とあるは誤, 紹ノ記事カルヽ一, 件に高來郷平井寺と, 園守ニ就, 不知山長, テノ考, 松, 所在, 平井寺ノ, 長保元年三月七日, 長徳五年正月一日, 三九七

割注

  • ・重て按するに、片島村に豐原山平泉寺トコウヰ
  • ンとて藥師堂殘れり、古は七堂伽藍なりと云、境
  • ○中略、所充ノ
  • 内多く、は荒て畠となる、堂は入り二間、横四間許に
  • 豐前
  • 之五
  • コトニカヽル
  • ○中
  • 此郡の人なるか、此郡諫山と云地、和名抄に見えたり、重ねて考ふるに、賀田
  • ○上
  • 村ありて、賀田と云所はきこえす、さて宇原庄とあるも、宇は宮の誤にて、
  • 原なるへきか、村名帳に、京都郡長川庄宮原村あり、次に不知山長松と云は、
  • ても考ふへし、追考、神田村ノ内馬場ノ宇原八蟠社あり、賀田は片島を云、
  • しきこゝちす、もし相分は、大分をあやまるなとにはあらぬか、委くは重ね
  • して東向なり、荒津村の淨土宗清林寺の預りなり、
  • は刈田を云にや、此事は苅田郷ノ下にも聊いふへし、又彼園守女とあるも、
  • なり、和名抄にも、京都郡高來とあり、又今の村名帳にも、京都郡新津保高
  • 國守女にてはなきや、國守光輔ともあり、又相分郡司とあるも、聊まきらは
  • 〓上略、前掲本朝世
  • ある方正しくして、後に賀田郷とあるは誤
  • 紹ノ記事カルヽ一
  • 件に高來郷平井寺と

頭注

  • 園守ニ就
  • 不知山長
  • テノ考
  • 所在
  • 平井寺ノ

  • 長保元年三月七日
  • 長徳五年正月一日

ノンブル

  • 三九七

注記 (50)

  • 1322,805,58,915○百練抄、異事ナキヲ以テ略ス、
  • 1663,666,58,1053米并涌出之油等勘文、可進之由仰了、
  • 392,670,56,766寺趾の事、いまた詳ならす
  • 1185,876,100,189〔參考〕
  • 1779,1094,63,1758又召文章博士中原朝臣致明、藤原弘道等、仰云、大宰府所獻雨
  • 1533,628,90,1165〔御堂關白記〕一三月七日、〓申、參内
  • 1779,665,57,267八日、辛酉
  • 505,1062,61,1807「さて此平井寺と云は、必地名に寄て負せたる寺號なるへし、
  • 1066,625,94,417〔太宰管内志〕
  • 1552,2221,60,644御覽從大宰所獻雨米、
  • 1437,660,55,277涌出油等、
  • 509,665,54,195平井寺
  • 1085,1307,55,190京都郡
  • 607,2665,557,41をはきあにとに保る井
  • 1897,946,67,1835長徳五年正月一日正六位上行大典酒井宿禰
  • 605,2737,564,43云重らる賀云て高は寺
  • 176,734,46,336長保元年三月七日
  • 420,1439,45,1405・重て按するに、片島村に豐原山平泉寺トコウヰ
  • 376,1463,46,1382ンとて藥師堂殘れり、古は七堂伽藍なりと云、境
  • 1581,1808,41,395○中略、所充ノ
  • 305,668,42,1488内多く、は荒て畠となる、堂は入り二間、横四間許に
  • 1112,1097,43,109豐前
  • 1071,1098,39,105之五
  • 1541,1816,34,383コトニカヽル
  • 1807,956,42,103○中
  • 838,662,44,2184此郡の人なるか、此郡諫山と云地、和名抄に見えたり、重ねて考ふるに、賀田
  • 531,959,47,107○上
  • 954,670,43,2161村ありて、賀田と云所はきこえす、さて宇原庄とあるも、宇は宮の誤にて、
  • 882,677,44,2176原なるへきか、村名帳に、京都郡長川庄宮原村あり、次に不知山長松と云は、
  • 606,673,47,2111ても考ふへし、追考、神田村ノ内馬場ノ宇原八蟠社あり、賀田は片島を云、
  • 652,669,43,2183しきこゝちす、もし相分は、大分をあやまるなとにはあらぬか、委くは重ね
  • 259,659,46,1493して東向なり、荒津村の淨土宗清林寺の預りなり、
  • 770,670,41,2184は刈田を云にや、此事は苅田郷ノ下にも聊いふへし、又彼園守女とあるも、
  • 998,680,43,2110なり、和名抄にも、京都郡高來とあり、又今の村名帳にも、京都郡新津保高
  • 725,655,44,2196國守女にてはなきや、國守光輔ともあり、又相分郡司とあるも、聊まきらは
  • 1765,953,37,38
  • 1141,1613,31,551〓上略、前掲本朝世
  • 490,957,44,39
  • 1063,1491,47,1360ある方正しくして、後に賀田郷とあるは誤
  • 1112,1607,39,567紹ノ記事カルヽ一
  • 1122,2203,45,641件に高來郷平井寺と
  • 777,311,41,167園守ニ就
  • 892,312,42,164不知山長
  • 733,314,42,121テノ考
  • 846,309,41,40
  • 384,313,41,83所在
  • 431,312,40,158平井寺ノ
  • 176,734,46,336長保元年三月七日
  • 1896,946,59,549長徳五年正月一日
  • 176,2447,44,119三九七

類似アイテム