『大日本史料』 2編 6 寛弘4年12月~8年6月 p.553

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えんとそ、母北のかたにも、なく〳〵遺言し給けるかし、其君達ひめ君は、た, に、をくり物をせさせ給ふ、御めのとにも饗應し給し君そかし、此比三位し, しかけぬ御有さまなめれ、あはれなめりかし、男は松君とて、むまれ給へり, 給ふ、あやしき有さまをもし給はゝ、なきよなりともかならすうらみきこ, しより、おほちおとゝいみしきものにおほしてむかへ奉り給ふたひこと, すらむと思ふかなしく、人わらはれなるへきことゝ、いひつゝけてなかせ, なよ、世中にありわひんきはゝ、出家すはかりとなく〳〵いひおほせ給け, かつかさとのゝ春宮の大夫殿の北のかたにて、おほくの君たちうみつゝ, にまいりて、帥殿の御かたとて、いとやむことなくて候給めるこそは、おほ, もてふせて、いてやさありしかと、かゝるそかしと人にいひのたてせさす, ておはすめるは、この君を父おとゝあなかしこ〳〵わかなからんよに、あ, り思ふへかりけれ、おのれしなは、いかなるふるまひありさまを、し給はん, るましきわさをせす、みすてかたしとて、もの覺えぬ名符うちして、わかお, けておはすめり、それはあしかるへきことならす、いまひとゝころは大宮, るに、, 寛弘七年正月二十八日, ○下略、道雅ノコトニカヽル、天, 喜二年七月二十日ノ條ニ收ム, かた, 帥殿の御, 頼宗ノ室, 寛弘七年正月二十八日, 五五三

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  • ○下略、道雅ノコトニカヽル、天
  • 喜二年七月二十日ノ條ニ收ム

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  • かた
  • 帥殿の御
  • 頼宗ノ室

  • 寛弘七年正月二十八日

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  • 五五三

注記 (23)

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