『大日本史料』 2編 11 長和5年8月~寬仁元年6月 p.494

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生の志ふかき故、隱遁の身と成、道俗男女のため、應機の説法し給者なり、故直綴を服し、藁, むや、翁のいはく、我毛端に百億恒沙の佛土を移す、何西方一佛土を難しとせんやと云て、拍, 掌しけれは、廣大寛平の九品の淨刹即時に見現、六十萬億那由他恒河沙由旬の尊容丈六八, 喜見城の春園、聚林苑の秋庭も譬ふるに多分に、僧都親拜見、感涙を流し、歡喜のあまり五體, 尺御身を縮、蓮座の上に坐し給、觀音・勢至無數之化佛者雲霞のことく化現して、伏見里の, 投地給ふ、爾時叟僧都に向奉りて云やう、我昔毘耶離城にありては佛世尊の助行、震旦に化, 生極樂淨土拜見せむと思ふに、凡眼叶はす、居士の通力にて、西方淨土を移し得てみせ給は, 十五の菩薩は糸竹を調へ、空より下り、歌舞の菩薩は歌詠を成て、臺にまひあそふ、其莊は, 手を擧て招きけれは、一鉢飯東方より飛來、叟の言、此飯は香積世界より出顯せり、僧都用, 士なる事を知て、不思議解〓の法門種々尋給ふに、元來の一點を示し給、僧都又申云、我平, 得給はむや否、僧都等の飯の香を聞より、則飽滿給故、飽よしを答給ふ、僧都此翁は維摩居, 荊棘瓦礫皆七寶莊嚴の報土となり、森羅萬象悉七重寶樹と變し、羅網の光明互に映徹す、二, 履を著て、彼家に入見給に、此翁方丈の間に居して、揖する體もなし、閉口默然たり、良久叟, しては傅大士となりて、梁武を諫め、又此國に生來して、伏見の翁として大和國菅原里に年, 寛仁元年六月十日, 化身ニ會シ, 維摩居士ノ, テ極樂淨土, ノ顯現ヲ見, 寛仁元年六月十日, 四九四

頭注

  • 化身ニ會シ
  • 維摩居士ノ
  • テ極樂淨土
  • ノ顯現ヲ見

  • 寛仁元年六月十日

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  • 四九四

注記 (21)

  • 1799,632,60,2238生の志ふかき故、隱遁の身と成、道俗男女のため、應機の説法し給者なり、故直綴を服し、藁
  • 1025,631,62,2236むや、翁のいはく、我毛端に百億恒沙の佛土を移す、何西方一佛土を難しとせんやと云て、拍
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  • 409,615,63,2250喜見城の春園、聚林苑の秋庭も譬ふるに多分に、僧都親拜見、感涙を流し、歡喜のあまり五體
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