『大日本史料』 3編 20 元永元年5月~元永元年11月 p.57

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し、滿座一同しけれは、俊頼朝臣座を立て影の前にすゝむ、顯輔盃をとりて人丸の前に, 子をもちて簀子敷に候けり、亭主, の前に文臺を置て圓座をしく、件讚白唐紙二枚に書たり、右兵衞督又來らる、讚をひら, きて文臺にをきてこれを講せらる、次和哥を講す、題云、水風晩來、敦光朝臣序をかき, 不來夜數多に、衆人興に入ておの〳〵後會を約しけり、, は、心に常に人丸を念しけるに、あるよの夢に、西さか本とおほゆる所に、木はなくて, りけり、講しをはる程に、敦光朝臣朗詠をいたす、新豐酒色云々、次亨主同句を出す、, をく、道經小銚子をとりて、盃に入て机の上におく、各座にかへりつきて勸盃あり、二, 獻の程に、式部少輔行盛來くはゝる、右中將雅定朝臣又來られり、亭主のいはく、先人, 粟田讚岐守兼房といふ人有けり、年比和哥をこのみけれと、宜き哥もよみ出さゝりけれ, 丸の讚を講すへきなり、人〳〵所存不同、亭主猶讚を前に講すへきよし申されけれ、机, 又詠吟せられて云、保能々登明石浦之朝霧に、次敦光朝臣詠吟していわく、多能免津々, 申されけるは、初獻は和哥の宗匠つとめらるへ, 兼・前和泉守道經・安藝守爲等也、次金膳をすゆ、次柿下初獻、侍人等鸚鵡の盃・小銚, 〔十訓抄〕, ルヲ以テ略ス、流布版本ヲ以テ校ス、, 可誡人上事, ○以下ノ序及ビ和歌十二首ハ上ニ掲グ, 顯季, 卿, 四, 像, 人麻呂ノ畫, 元永元年六月十六日, 五七

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  • ルヲ以テ略ス、流布版本ヲ以テ校ス、
  • 可誡人上事
  • ○以下ノ序及ビ和歌十二首ハ上ニ掲グ
  • 顯季

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  • 人麻呂ノ畫

  • 元永元年六月十六日

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  • 五七

注記 (25)

  • 1616,617,56,2116し、滿座一同しけれは、俊頼朝臣座を立て影の前にすゝむ、顯輔盃をとりて人丸の前に
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