『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.513

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けるに、, なりとて御輿をかく、おなしさまにしたかひたてまつる僧六十餘人なり、, 給に、信濃國の御家人、角張の成阿彌陀佛力者の棟梁として、最後の御とも, 〓る、御なこりやるかたなくおほしめされたるにや、禪閤御消息を送られ, をす、のれらをいさめ給けること葉には、驛路はこれ大聖のゆく所也、漢家, 事をしらす、貴賤のかなしむこゑちまたにみち、道俗のしたふ〓地をうる, 三月十六日に花洛をいでゝ、夷境におもむき, し給き、しのれとも、老邁のうへ、長途たやすからさるによりて、乘輿ありた, るにこそ、御なごりをゝし之、前後左右にはしりしたかふ人幾千萬といふ, には一行阿闍梨、日域には役優婆塞、謫居は又權化乃すむ所也、震旦には白, かなる程なり、わが知行乃國なればとて、讚岐國へぞう〓したてまつられ, 樂天、吾朝には菅丞相なり、在纏出纏みな火宅なり、眞諦俗諦しかしなから, をよそ上人の一期の威儀は、馬車輿などにのり給はず、金剛草履にて歩行, ぬりすてゝゆ之はわかれのはしなれとふみわたすへき〓をしそおもふ, 水驛なりとぞおにせられける、さて、禪定殿下土佐國まてはあまりにはる, 法然上人行状畫圖, 〕, 承元元年二月十八日, 三十, 四, 車輿ニ乘, ラズ金剛, 源空常二, 草履ニテ, 移ス, 梁, 歩行ス, 力者ノ棟, 國讚岐ニ, 道俗貴賤, 別離ヲ哀, 兼實ノ領, 承元元年二月十八日, 五一三

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  • 三十

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  • 車輿ニ乘
  • ラズ金剛
  • 源空常二
  • 草履ニテ
  • 移ス
  • 歩行ス
  • 力者ノ棟
  • 國讚岐ニ
  • 道俗貴賤
  • 別離ヲ哀
  • 兼實ノ領

  • 承元元年二月十八日

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  • 五一三

注記 (34)

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