『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.523

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勝尾寺の隱居もすでに四箇年になりぬ, 土の治亂あり、りれ南海の邊邑に訪だき事ありて、日々往反す、苦哉苦哉、近, といぬ〓なし、, の衰弊なり、國のにきはひ、佛のたのしみ、念佛をもてもとゝし、人のねがひ、, す、これ上人の教誡なり、過去の宿善にあらずやとて、鼻をかみ、聲をむせび、, いへとも、念佛するをはもてなす、故に八功徳水乃波のうへには、念佛のは, もて花族英才なりといへども、念佛せさるをばおとしめ、乞〓非人なりと, は、念佛をとなへて枕とし、私宅をいてゝりしる日は、極樂を念して車をは, 代君くらく臣まかりて、政にごり人うれふ、王城の鎭守、百王の宗廟、連々に, をゆるされざりしに、建暦元年夏のころ、上皇八幡宮に御幸ありしとき、一, ちす池にみち、三尊來迎の掌のうちには、紫臺をさしをくにひまなし、しか, りがのそみ、念佛をもてさきとす、仍當座乃愚昧、公請につかへてかへる夜, れは我等か念佛せざるは、かの池の荒廢なり、我等か欣求せさるはその國, 人の倡妓憤云、星穴に親疎なし、たゞ善人にくみす、王者の徳失によりて、國, 舌をまきてとヾこほるあひだ、法主なみだをながし、聽衆そてをしほらす, 花洛の往還な, ○拾遺古徳傳繪詞, ニハ二年トアリ、, 勝尾寺一, 寓スルコ, ト四個年, 承元元年二月十八日, 五二三

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  • ○拾遺古徳傳繪詞
  • ニハ二年トアリ、

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  • 勝尾寺一
  • 寓スルコ
  • ト四個年

  • 承元元年二月十八日

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  • 五二三

注記 (23)

  • 731,647,57,1209勝尾寺の隱居もすでに四箇年になりぬ
  • 379,642,61,2226土の治亂あり、りれ南海の邊邑に訪だき事ありて、日々往反す、苦哉苦哉、近
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