『大日本史料』 4編 11 建暦元年1月~2年11月 p.476

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たてまつる、當時御影堂におはします木像これなり、, れを開眼したまふ、上人御往生の後は、ひとへに生身のおもひをなして、朝, の期をしらぬ身の、忽に他力に乘じて往生をとげ、ながく生死のきづなを, 夕に歸依〓仰す、かの入道つゐに種々の奇瑞をあらはし、往生の素懷をと, 上人臨終の時は、光明遍照十方世界、念佛衆生攝取不捨の文を誦して往生, 法然上人の往生をしるすところやあると見もてゆくに、はるかのおくに、, し給べしとしるせり、ゆめさめてのち人にかたらず、いまの往生の相に符, りておほきなる雙紙を披見す、これを見れは諸人の往生をしるせり、もし, きらん事、ひとへにこれ上人御教誡のゆへなりとて、報恩のために眞影を, 合のあひだ、信仰のよし申をくる、又上人往生の前後に、諸人の瑞夢これお, げにけり、年來同宿の尼本國へかへりくたるとき、件の眞影を知恩院へ送, ほし、四條京極の薄師眞清は、正月十九日の夜夢に、東山の法然上人の禪房, 參兼隆卿七八年のさきにゆめ見らく、人あ, うつしとゝめたてまつりけり、そのこゝろざしを感じて、上人みづからこ, のうへに紫雲そびけり、人ありてこれは往生の雲なりといふと見る、次の, 〔法然上人行状畫圖〕, 建暦二年正月二十五日, 〔法然上人行状畫圖〕〓十參議兼隆卿七八年のさきにゆめ見らく、人あ, 三十, 八, 智恩院影, 堂ノ木像, 兼隆以下, 諸人ノ夢, 源空ノ眞, 影ヲ寫ス, 想, 薄師眞清, 建暦二年正月二十五日, 四七六

割注

  • 三十

頭注

  • 智恩院影
  • 堂ノ木像
  • 兼隆以下
  • 諸人ノ夢
  • 源空ノ眞
  • 影ヲ寫ス
  • 薄師眞清

  • 建暦二年正月二十五日

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  • 四七六

注記 (30)

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