『大日本史料』 5編 1 承久3年7月~貞応2年5月 p.275

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仰ける、御輿舁すこしはたらきて、彼國へつかせたまふ、, くて、君も御泪に咽はせまし〳〵て、, たらせ給ふ、八嶋のうらを御覽して、安徳天皇の御ことを思召出しけり、讚, 燒たりけれは、君も臣も御心ちすこしつかせ給ひて、番匠大切の者也とそ, 中の貴賤かなしひ奉ることかきりなし、室より御舟にのせ奉り、四國へわ, 岐の松山かすかにみえけれは、彼崇徳院の御事も思召出けり、土佐へ御著, とあそはし、京にてめしつかひける番匠、木にのほり枯木おろして、御前に, 有けるを、小國也御封米難治のよし、守護並に目代申けれは、阿波國へ遷さ, れさせ給ふ、山路にかゝらせ給ふ折節、雪降て東西みえす、誠にせんかたな, は、大納言定通卿御車よせられけり、是は思召立道も一入あはれなれは、京, の鋒にあたる、天照大神、正八幡の御はからひなり、王法此時かたふき、東國, 抑、承久いかなる年號うや、玉躰こと〳〵く西北の風に沒し、卿相みな東夷, 奉る、御供には女房四人、少將定平、侍從貞元、醫師一人參りけり、鳥も告けれ, 浦々によするさ浪にこととはんおきのことこそきかまほしけれ, うき世にはかゝれとてこそ生れけめことはりしらぬわか泪哉, 京中貴賤, 悲ミ奉ル, 御封米難, 承ク久人變ノ, 評論, 治, 承久三年閏十月十日, 二七五

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  • 京中貴賤
  • 悲ミ奉ル
  • 御封米難
  • 承ク久人變ノ
  • 評論

  • 承久三年閏十月十日

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  • 二七五

注記 (23)

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