『大日本史料』 5編 2 貞応2年6月~嘉禄元年12月 p.151

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文藝、, 旅人のゆきゝの契り結ふともわするな我を我もわすれし, 八月廿日、殿於新堂有修善事、是余母儀忌日也、余參入、左閤被參、, をのつから花やあるしとゝはるらんふるき野寺は住人もなし, 軒あれてしのふそあをき白妙の花のしたなる春の山寺, 七月十三日、參禪閤, とて、, 家を出は爰に庵そむすふへき雲井の寺は心すみけり, かりて侍りしほと、なれあそひし遊女に、十一月九日、小屋野より別る, 貞應二年十月廿六日、津の國のをはやしといふ所に、ゆあみんとて、ま, りもあはれにおもえて、, 〔藤原光經集〕貞應二年四月廿六日、雲居寺の邊にまかりて、夕くれいつよ, しに、花開古寺中といふ〓を、, 〔(爲家卿千首〕貞應二年八月, 〔藤原光經集〕貞應二年三月十七日、前右少辨光俊、勸修寺にて詩歌合し侍, 日初召具隨身、, 吉服狩衣、依吉, 雲居寺ニ, 湯治ニ赴, 赴ク, 忌日, 藤原光經, 同攝津ニ, 合ヲ催ス, 兼經母ノ, 寺ニ詩歌, ヲ訪フ, 兼經基通, 光俊勸修, ヲ詠ズ, 爲家千首, ク, 貞應二年雜載, 一五一

割注

  • 日初召具隨身、
  • 吉服狩衣、依吉

頭注

  • 雲居寺ニ
  • 湯治ニ赴
  • 赴ク
  • 忌日
  • 藤原光經
  • 同攝津ニ
  • 合ヲ催ス
  • 兼經母ノ
  • 寺ニ詩歌
  • ヲ訪フ
  • 兼經基通
  • 光俊勸修
  • ヲ詠ズ
  • 爲家千首

  • 貞應二年雜載

ノンブル

  • 一五一

注記 (34)

  • 872,530,74,166文藝、
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