『大日本史料』 5編 2 貞応2年6月~嘉禄元年12月 p.322

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號せられける、, 一向に念佛をすゝめられたる、これにたかはす、五濁濫漫の世には、佛法の, 利盆次第に減す、このころは、あまりに代くたりて、我等かありさま、たとへ, 柿なとのたくひを食すれとも、のちにはそれもとゝまりぬれは、わつかに, とりわき天王寺と見られけるも、由緒なきにあらす、この寺は、極樂補處の, もくはれねは、念佛三味のおもゆにて、生死をいつへきなりけりとて、忽に, 顯密の諸行をさしをきて、專修念佛の門にいり、その名を空阿彌陀佛とそ, 黒木の臣を御使として、善光寺の如來へ御書を進せらる、その御ことはに, は重病のものゝことし、三論法相の柑子橘もくはれす、眞言止觀の梨子柿, り、欽明天皇の御ために、七日の念佛をつとめたまひ、命長七年二月十三日、, は、名號七日稱揚已、以斯爲報廣大恩、仰願本師彌陀尊、助我濟度常護念と侍, 觀音大士、聖徳太子とむまれて、佛法をこの國にひろめ給し最初の伽藍な, おもゆをもちて、のとをうるほすはかりに、命をさゝへたり、かくこの書に、, けるに、如來の御返報には、一日稱揚無恩留、何况七日大功徳、我待衆生心無, 間、汝能濟度豈不護とそあそはされける、御表書には、上宮救世大聖の御返, 佛ト號ス, 空阿彌陀, 元仁元年六月十六日, 三二二

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  • 佛ト號ス
  • 空阿彌陀

  • 元仁元年六月十六日

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  • 三二二

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