『大日本史料』 5編 2 貞応2年6月~嘉禄元年12月 p.336

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

萬遍ノ數遍ヲ勤メラレケルトナリ、此コト實ニ爾ルヘシ、, 房卿は、もとより明慧上人に歸したる人なりけれは、かの摧邪輪を信して、, といへる一卷の書をつくりて、その難を救すといへとも、義理不相應のあ, を破したらん文をは、手にもとるへからす、目にも見るへからすとて、返し, 給にけり、かの禪門も、のちには選擇のいみしき事を聞ひらきて、かへりて, れけるに、選擇集を破したる文なりと申されけれは、我は念佛者なり、念佛, 擇集を破す、上人の門徒こそりて難をくはへしによりて、かさねて莊嚴記, 高野明遍僧都に見せたてまつらんとし給ける時、僧都、なに文そと尋申さ, 選擇に歸して、いつれの文か邪輪なるらんと申されけるとなん、, 爲往生業、聖教所判其旨明耶、大谷答云、釋義分明矣、其後更無餘言、即起座而, ひた、此書をつくられてのち、いよ〳〵名譽をおとされけり、入道民部卿長, 去、, コト、甚爾ルヘカラスト仰セラルルト見テ、深ク先非ヲ悔テ、自モ後ニハ百, 〔觀經玄義分傳通記〕四又蓮華谷詣善光寺時、至大谷庵室、問云、散心口稱, 〔法然上人行状畫圖〕四十梅尾の明慧上人、高辨、摧邪輪三卷を記して、選, 元仁元年六月十六日, 輪ヲ明遍, ニ見セシ, 法然ヲ訪, 善光寺參, 詣ノ途次, 勤ふ, 長房摧邪, 百萬遍ヲ, フ, 三三六

頭注

  • 輪ヲ明遍
  • ニ見セシ
  • 法然ヲ訪
  • 善光寺參
  • 詣ノ途次
  • 勤ふ
  • 長房摧邪
  • 百萬遍ヲ

ノンブル

  • 三三六

注記 (26)

  • 1708,644,58,1736萬遍ノ數遍ヲ勤メラレケルトナリ、此コト實ニ爾ルヘシ、
  • 765,635,63,2254房卿は、もとより明慧上人に歸したる人なりけれは、かの摧邪輪を信して、
  • 1001,636,61,2238といへる一卷の書をつくりて、その難を救すといへとも、義理不相應のあ
  • 409,635,62,2247を破したらん文をは、手にもとるへからす、目にも見るへからすとて、返し
  • 290,634,61,2244給にけり、かの禪門も、のちには選擇のいみしき事を聞ひらきて、かへりて
  • 526,641,64,2241れけるに、選擇集を破したる文なりと申されけれは、我は念佛者なり、念佛
  • 1120,635,61,2242擇集を破す、上人の門徒こそりて難をくはへしによりて、かさねて莊嚴記
  • 643,636,64,2240高野明遍僧都に見せたてまつらんとし給ける時、僧都、なに文そと尋申さ
  • 173,635,59,1964選擇に歸して、いつれの文か邪輪なるらんと申されけるとなん、
  • 1471,637,63,2235爲往生業、聖教所判其旨明耶、大谷答云、釋義分明矣、其後更無餘言、即起座而
  • 884,640,64,2236ひた、此書をつくられてのち、いよ〳〵名譽をおとされけり、入道民部卿長
  • 1358,637,56,68去、
  • 1825,651,58,2221コト、甚爾ルヘカラスト仰セラルルト見テ、深ク先非ヲ悔テ、自モ後ニハ百
  • 1568,590,104,2288〔觀經玄義分傳通記〕四又蓮華谷詣善光寺時、至大谷庵室、問云、散心口稱
  • 1215,580,107,2299〔法然上人行状畫圖〕四十梅尾の明慧上人、高辨、摧邪輪三卷を記して、選
  • 1943,722,44,382元仁元年六月十六日
  • 762,265,42,174輪ヲ明遍
  • 720,273,39,159ニ見セシ
  • 1546,269,43,173法然ヲ訪
  • 1636,270,42,170善光寺參
  • 1590,268,45,173詣ノ途次
  • 1799,269,40,75勤ふ
  • 808,266,43,172長房摧邪
  • 1840,272,43,162百萬遍ヲ
  • 1511,271,31,34
  • 1942,2459,44,121三三六

類似アイテム