『大日本史料』 5編 4 安貞元年7月~寛喜元年2月 p.376

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を深川神社境内に祀り、陶彦の神と稱し、陶祖を追稱せり、, 景正は、性風流を樂しみし人なりし事、世人の傳ふる處なり、温故集に、, の地に葬る、依て五位塚と言ふ、其禪長菴の山下尼屋敷と言ふ地あり、, 之れ景正の妻某尼の居住せし跡なりと言傳へり、文政七年二月、景正, 景正の秀句として、左の句を出す、果して景正の句なりや否疑なき能, 基通は、文永元年間に、祖父景正の家を繼きしが、其技亦父祖に讓らす、其, はすと雖共、暫く記して、世の識者に質す、, 正基は男女子を擧ると雖共、病身の故を以て、父の家を繼かずして歿, 某は、父正基先妻の出なり、故ありて祖父の家を弟基通に繼かしめ、己, は分家して、母方の姓朝日を冒し、名を順慶と稱す、, 基通, 藤次郎、后藤四郎、一, に藤九郎とあり、, は分家して、母方の姓朝日を冒し、名を順慶と稱す、, 某は、父正基先妻の出なり、故ありて祖父の家を弟基通に繼かしめ、己, 二世, 淋しさの友達になる火桶かな, 正基, 俳句, 正基は男女子を擧ると雖共、病身の故を以て、父の家を繼かずして歿, 安貞元年是歳, 三七六

割注

  • 基通
  • 藤次郎、后藤四郎、一
  • に藤九郎とあり、
  • は分家して、母方の姓朝日を冒し、名を順慶と稱す、
  • 某は、父正基先妻の出なり、故ありて祖父の家を弟基通に繼かしめ、己
  • 二世
  • 淋しさの友達になる火桶かな
  • 正基

頭注

  • 俳句

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  • 正基は男女子を擧ると雖共、病身の故を以て、父の家を繼かずして歿

  • 安貞元年是歳

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  • 三七六

注記 (22)

  • 1623,744,62,1694を深川神社境内に祀り、陶彦の神と稱し、陶祖を追稱せり、
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