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り修覆し給へり、, 昔三韓ゟ大なるつき鐘を渡ししに、此海にしづめり、故に鐘の御崎と云、鐘, 〔筑前國續風土記〕, 前國驛馬を置し所を津日と云、是なりや、此事は總論に顯はす、, 鐘崎の町は昔はなし、津日の浦とて、上八村の西に民家有、長政公入國し給, 〔太宰管内志〕, の有所は、織幡山の艮の方、五町許おきに有、今日鐘の有所いちじるくみゆ, ひて後、津日の浦の人家を、今の鐘崎に移さる、延喜式二十八卷にかける、筑, は織機神社の前なる京泊古波止を云なり、圖書編, さて續紀二十八, 經島海東諸國記に、筑前州經島とあり、是, 織幡神社ある山の出崎を云、, には、筑前州經, 鐘御崎, 宇里とも、經家里ともあり、是は經宇馬里の誤と聞ゆ, 〔參考〕, 卷に、造金崎船瀬とある則今の京泊なり、久く廢れたりしを、慶長頃、國主よ, るよし、里人云り、, 筑前之十五, 薩摩國京泊を強頭馬里と書り、是等に准らヘて知るべし, 宗像郡下之下, し、夫を字と誤りて、馬の字を落したる物と聞ゆ、圖書編に、, 五十卷日, 宇唐音ヅなるべし、ヅ, の處に用ひたる例多, 本ノ國件, 宗像郡下, 鐘崎, 十六, 〓綜〓〓〓などある孤島も、京泊事ならむと思へりしを、, 師ノ説に、鐘崎の孤島は、京泊とは別なり、今の築島と云物にて、京泊の南三十, 町、, 四間ばかり離れて、瀬の如き物あり、是全く築たる形なれば、是彼孤島の殘, 〓風土記ニ同ジ, 貝原翁云、〓〓均.セ〓n〓, ○中, 貝原翁云、〓軸均制〓〓癇國さて寛喜三年の官符に、略帥, ・○中略前掲筑前〓, ○中, 略, 寛喜三年四月五日, 四〇九
割注
- 筑前之十五
- 薩摩國京泊を強頭馬里と書り、是等に准らヘて知るべし
- 宗像郡下之下
- し、夫を字と誤りて、馬の字を落したる物と聞ゆ、圖書編に、
- 五十卷日
- 宇唐音ヅなるべし、ヅ
- の處に用ひたる例多
- 本ノ國件
- 宗像郡下
- 鐘崎
- 十六
- 〓綜〓〓〓などある孤島も、京泊事ならむと思へりしを、
- 師ノ説に、鐘崎の孤島は、京泊とは別なり、今の築島と云物にて、京泊の南三十
- 町、
- 四間ばかり離れて、瀬の如き物あり、是全く築たる形なれば、是彼孤島の殘
- 〓風土記ニ同ジ
- 貝原翁云、〓〓均.セ〓n〓
- ○中
- 貝原翁云、〓軸均制〓〓癇國さて寛喜三年の官符に、略帥
- ・○中略前掲筑前〓
- 略
柱
- 寛喜三年四月五日
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- 四〇九
注記 (42)
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