『大日本史料』 5編 8 貞永元年7月~天福元年5月 p.696

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生のやうにもてなし、補陀洛山渡海と稱し、古來ゟの作法にて、那智の瀧, の住僧、生なから水葬すなき、邊鄙の惡風俗といふるし、太平の御代にあ, 蓬莱身裡十二樓とも、又は唯心淨土、己心彌陀といへるをや、昆陵ノ唐氏, 濱の汀に輿かきすへさせ、引導濟み、諷誦終りて後舟に乘、廿餘丁漕出し, て、辰巳の方、綱切島といふ所の海中へ、死骸を水葬せしむ、則是補陀洛世, るへき事にあらす、あるにもあらぬ觀音の淨土へ生る〓、一〓に心得違, 衆送り屆け、鳥居ゟ直に出れは、禪家の導師是を受取て、葬禮の義式にし、, は説也、水葬、火葬、野葬、林葬の四ツは、皆形躰を〓り棄ツ、不孝不仁のしは, さにして、君子の心と叶はす、古今理に協て、弊なきは、只土葬也、補陀洛寺, 界の發心門に準すと云々、此説は中世入寂の後、入水するを見て、設けた, たるより如斯事あり、癡人面前夢を説〓ろらすとは、誠成哉、古人の詞に、, 〔北條五代記〕五五江雪入道一興の事付男女別の事, ろ求觀音者不必補陀、求補陀者不必海といへるは、至論ならすや、, むろし清盛公、頼朝公の時代に至て、非常の流人おほく遠嶋す、西は鎭西鬼, 〔附録〕, 天福元年三月七日, スル批評, 同説ニ對, 天福元年三月七日, 六九六

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