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龍寺乃邊は、龜山とも龜の尾山ともいへり、, 給へる故なるへし、又色紙には、歌の作者乃名なし、彼爲家卿かきあつめ, 時き、かならすすへをとろふるならむなまき、おとろへより、盛をま〓くこ, 給へる時、作者をしるし給へるとそ、天子乃院號は、御在世にきなき事也。, 小倉山き嵯峨に有、今乃往生院、二尊院なとの邊の山の總名也、東南方天, 事、是盛を始にして、衰を末にするならひなり、歡樂極兮哀情多、さろんなる, しにや、官の高下によらす、其作者の名譽をあらりし給ふ事、黄門のこゝ推, 有、彼色紙今の世に殘るに大小有、其障子の所の廣させはさに隨く、をし, 山莊三體詩註曰、莊猶村、唐人呼別業爲莊、, いと有かたき歌人なるへし、此歌には、しゐて傳受すへき事なり、, 別業する事なり、此中納言乃山庄乃跡といふ所、今小倉乃常寂寺乃内に, ゝ推にて、王道の衰をなけき給ふ御歌を末に置事也、天智天皇は聖王の御, 順徳院き、定家より後に隱れさせ給へるに、其御名有事、是其證と師説な, 此百首に、卷頭に天智天皇を奉置、卷軸に順徳院の御歌をして首尾し給ふ, り, ○中, ○中, 略, 略, 名ナシ, 色紙ニハ, 卷頭卷軸, 山莊ノ趾, 歌ノ作者, 御歌ノ撰, 意, 嘉禎元年五月一日, 一四
割注
- ○中
- 略
頭注
- 名ナシ
- 色紙ニハ
- 卷頭卷軸
- 山莊ノ趾
- 歌ノ作者
- 御歌ノ撰
- 意
柱
- 嘉禎元年五月一日
ノンブル
- 一四
注記 (28)
- 1496,708,61,1275龍寺乃邊は、龜山とも龜の尾山ともいへり、
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