『大日本史料』 5編 10 嘉禎元年5月~同2年11月 p.41

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のと知らるゝなり、其譯如何といふに、始に天智天皇の秋田苅の御歌を置, て、終に順徳院の御述懷の御歌を置〓、心得かたきやうにおもはるれども、, 御心に叶へると思召たる歌を、別にしるして置れしを、嵯峨中院の色紙形, に御したゝめありしものにて、今本き其御手扣の寫にして、聊も違さるも, 雅經卿と有、終に二人の名有へき謂なし、不審なり、考に、こき色紙御認の始, 世話敷〓なるへし、入夜金吾示送と有を見てもしらるゝなり、其御したゝ, てはやし、歌〓に名有、跡にて覺束なくもしるしたるものとは見ゆ、かゝれ, め有時は、御手扣の壹本有し〓勿論なり、そを人も寫し取て、五月の玉とし, と終との、凡の御心覺なるべし、殊に一日に百首御したゝめの〓なれば、御, は、正しくりかりかたきことも有へし、既に古來歌、自天智天皇以來、及家隆, ば別に思召有て、御撰置れしものともおもはれす、然といへとも、此卿常々, は如何となるに、御日記の〓なれば、御自身の只御心覺にて、他より見る時, 〔百首正解〕人此百首歌の〓、明月記といふとも、悉す據となしかたし、そ, かきてたてまつる, 村田春門, 杉庵志道, ノ説, 嘉禎元年五月一日, 四一

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  • 杉庵志道
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  • 嘉禎元年五月一日

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  • 四一

注記 (19)

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