『大日本史料』 5編 18 寛元2年8月~同3年4月 p.134

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りたりけり、興ある事にそ世の人申侍し、, 將にて、同くるましてあそはれけり、このころは、父子同車の事も稀也、寛元二年賀茂臨, 時祭の時、二條前殿關白、一條前殿左大臣にて參りあひ給ひたりしに、暮て事はてにしか, は、御同車にて、二條室町にたてまいらせて御見物ありけり、そのゝち法成寺の御八講に, 〔春華秋月抄〕, 參らせ給ひけり、左府の御車をむなくるまにて法成寺へやらせられけり、みちの程、關白, の御隨身は御車のさき、左府の御隨身は御車の後にそうちたりける、前驅はあひましは, 寛元二年欲勤仕法成寺御八講々師之間、借請禪南院僧都尋性本之次、誂同宿宗俊法師、令, 民部卿平經高、仁和寺南勝院々主職相論ノコトニツキテ、意見ヲ注進ス、, 書寫之畢、, 華嚴宗末學權少僧都宗性, 年齡四十三、, 於東大寺中院、手自交點之畢、, 同年十二月二十八日, 同年十二月二十八日起、於東大寺中院、手自交點之畢、, 權少僧都宗性, 十一寛元二年, 酉, 良實實經同, 車, 寛元二年十一月二十九日, 一三四

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  • 權少僧都宗性
  • 十一寛元二年

頭注

  • 良實實經同

  • 寛元二年十一月二十九日

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  • 一三四

注記 (22)

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