『大日本史料』 5編 21 寛元4年11月~宝治元年4月 p.53

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於廳尾前、唱稻舂歌備叡覽事、, 〔民經記〕暦記十一月廿一日、丙子、晴、行幸官司、, 廿一日行幸官司召使事、新中納言奉行之處、及天明之間、亡父遠忌也、仍早出事、, に、あからさまにしつらひたる御所なれは、大そうの御屏風のすきまの風に、雪のちりく, 給ふ、御所はたかみくらむきなり、かはらのむねに、雪しろくつもりたるに、只今も修理, るもいとおもしろし、大宮大納言殿まいらせ給て、やふれたる御かうしとも參りわたし, 〔廣橋家記録〕大嘗會雜事日限勘例, 而病上依服假不及扶參、出御、兼與奪惟忠朝臣云々、催具之密儀也、八葉御車、少將長雅朝, 〔辨内侍日記〕上廿二日の曉、官廳へ行幸あり、ことにさむくて、雪さへこほりたる, 花山三位中將師繼、參會、兩方行事辨祗候、其儀如常歟、予依仰建暦記録以下注進了、, 廿二日、丁丑、晴陰、今曉行幸官廳云々、今日上皇御覽齋場所、予可參會之由、兼日有御定、, 廿二日齋場所御幸事, 臣、中宮權亮顯方朝臣候御共、其外北面下臈友業朝臣以下六七許輩、土御門大納言、顯定、, 寛元四年十一月, 寛元四年十一月二十二日, 五三

  • 寛元四年十一月二十二日

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  • 五三

注記 (16)

  • 749,847,59,720於廳尾前、唱稻舂歌備叡覽事、
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