『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.245

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三尊の像を安置し、十三重の寶塔をたてゝ、數粒の佛舍利をおさめらる、又法性寺の, 遣迎院は、月輪殿・峯殿なとも程とをからす、洛陽の化導たよりあるへけれはとて、, たかへすうつしたてまつりて安置せられけり、又攝州武庫河のほとりに、一の伽藍を, たてゝ淨橋寺と號す、邊地の群類を救はむためなり、一間四面の堂をつくりて、彌陀, そさためられける、この歡喜心院は上人建立四个寺のその一なり、釋迦・彌陀丈六の, 金像を本尊とす、三重の寶塔をたて、二階の蓮舍をつくりて、當麻の曼陀羅の寸尺を, 號をも遣迎とそつけられける、この寺々はいつれもみな勅願の地なれは、本末のさた, あるへきにあらすといへとも、西山往生院を師跡の本所とは存せられけるにや、され, 光明峯寺殿の御さたにて、はしめは人屋を點して、上人の住處とさためられけり、後, 斷梵網經の讀誦をはしめらる、江州に小野社を勅施入の地として、彼不斷經の料所と, には佛閣をひらきて、尺迦・彌陀二尊の像を安置し、發遣來迎の利盆をあふきて、寺, は祖師をは天下こそりて西山上人とそ申める、, 〔善惠上人繪〕四兵庫縣淨橋寺所藏, 繪略ス、, ○見返, ○兵庫縣淨橋寺所藏, ○見返, 繪略ス、, ヲ模寫シテ, 淨橋寺ヲ創, 當麻曼陀羅, 立シ十三重, 歡喜心院ニ, ノ塔ヲ建ツ, 安置ス, 證空ヲ西山, 迎院ヲ建ツ, 法性寺ニ遣, 上人トイフ, 寶治元年十一月二十六日, 二四五

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  • ○兵庫縣淨橋寺所藏
  • ○見返
  • 繪略ス、

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  • ヲ模寫シテ
  • 淨橋寺ヲ創
  • 當麻曼陀羅
  • 立シ十三重
  • 歡喜心院ニ
  • ノ塔ヲ建ツ
  • 安置ス
  • 證空ヲ西山
  • 迎院ヲ建ツ
  • 法性寺ニ遣
  • 上人トイフ

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二四五

注記 (31)

  • 1235,678,59,2164三尊の像を安置し、十三重の寶塔をたてゝ、數粒の佛舍利をおさめらる、又法性寺の
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