『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.254

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して、當寺の宿老靜證上人良空を師跡傳持の主とそさためける、次は立信上人圓空、, 熊の本光上人禪仙の室に入て、顯密の修學功をつみ、徳をかさねられき、顯は天台の, たは、寺務の名字もなくてすきにしに、先師示導上人康空、玄孫として、はしめて祖, 師の遺塵をつかれしは、めつらかなりしことなるへし、この示導上人は、はしめは猪, 次は遊觀上人栖空なり、この三人はともに祖師面受の直弟として、次第に相續せられ, て、慈覺大師の兩經疏にをよふまて、研精のこるところなかりき、十七歳にして谷流, の兩壇灌頂をうけ、翌年相續して横川の合行の入壇まてとけられにけり、師匠その明, 門人なを賢をもとめ、人をゑらひけるにや、永仁以來元亨のころまて廿六七年のあひ, けり、遊觀のゝちは、玄觀上人承空、觀師の法弟にて、その仁にあたるといへとも、, けり、そのゝちは眞言・天台の廣學をさしをきて、淨土門の要道にそむかはれける、, 三大部散在の章疏にいたるまて、一反の聽學をへ、密は又善無畏の義釋をはしめとし, 敏の徳を賞して、附法の正統に擬せむと思はれけれとも、廿許の比にや、師圓寂せら, 凶縁ありて佛觀上人といひし人を知識として、關東に下向し、鎌倉の辨谷の庵室に寄, れぬ、〓年宿徳の人を超越すへきにあらさりしかは、そのさたにをよはすしてすきに, 寶治元年十一月二十六日, 康空嗣グ, 立信遊觀ト, ノ師跡ヲ繼, 門弟相續, 康空ノ經歴, 良空往生院, グ, 寶治元年十一月二十六日, 二五四

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  • 康空嗣グ
  • 立信遊觀ト
  • ノ師跡ヲ繼
  • 門弟相續
  • 康空ノ經歴
  • 良空往生院

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二五四

注記 (24)

  • 1799,703,66,2131して、當寺の宿老靜證上人良空を師跡傳持の主とそさためける、次は立信上人圓空、
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