『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.257

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

ちかき程に嵯峨殿へなるへき御あらましあり、淨金剛院にて、御こゝろしつかに、か, 大海、いかてか能歸の百川にすくれさらむ、とそ奏せられける、ことに叡感ありて、, 談、門徒の眉目にこそ侍しか、さる程に嘉暦のころにや、天子御受戒の儀ありけり、, られぬ、彼の存日にたにも、衆僧は勸請の志ふかゝりしかは、いかてか時日をうつす, 淨土の法門をも御たつねありしに、西山の宗旨、觀經の化前序の趣を申あけられけれ, る、大原にては、如來藏を傳領して、顯密の祕奧心にまかせて蹟を探り、西山にては, ならすなをきこしめさるへきよしを、おほせられけれとも、とにかくに、つなかぬ月, は、さては淨土宗は眞言にもまさるへきかと勅問あり、宗をたつるならひ、わか宗他, 又、祖師上人の法藏を荷擔して、圓戒淨土の要義その淵源を盡されしこと、天下の美, 命に應して、彼寺に住して兩三年をゝくられし程に、元亨三年七月、玄觀上人入滅せ, 侍るに、普賢の願行も西方に歸し、龍樹の願偈も往盆をすゝむと見えたれは、所趣の, 宗よりもおとれりと申事やはあるへき、いはむや眞言は普賢・龍猛を祖とする宗にて, へきにて、その中陰に、西山の老僧等迎接ありて、又往生院の住持をそ兼帶せられけ, され、はやく管領をいたして、眞俗を興行すへきよしを、おほせくたされしかは、勅, 寶治元年十一月二十六日, 天皇ノ勅問, ニ奉答シテ, 康空後醍醐, 往生院ノ住, 持ヲ兼帶ス, 叡感アリ, 寶治元年十一月二十六日, 二五七

頭注

  • 天皇ノ勅問
  • ニ奉答シテ
  • 康空後醍醐
  • 往生院ノ住
  • 持ヲ兼帶ス
  • 叡感アリ

  • 寶治元年十一月二十六日

ノンブル

  • 二五七

注記 (23)

  • 386,679,61,2160ちかき程に嵯峨殿へなるへき御あらましあり、淨金剛院にて、御こゝろしつかに、か
  • 505,674,60,2141大海、いかてか能歸の百川にすくれさらむ、とそ奏せられける、ことに叡感ありて、
  • 1126,668,59,2145談、門徒の眉目にこそ侍しか、さる程に嘉暦のころにや、天子御受戒の儀ありけり、
  • 1617,674,59,2167られぬ、彼の存日にたにも、衆僧は勸請の志ふかゝりしかは、いかてか時日をうつす
  • 1001,672,61,2171淨土の法門をも御たつねありしに、西山の宗旨、觀經の化前序の趣を申あけられけれ
  • 1370,680,61,2162る、大原にては、如來藏を傳領して、顯密の祕奧心にまかせて蹟を探り、西山にては
  • 263,684,60,2162ならすなをきこしめさるへきよしを、おほせられけれとも、とにかくに、つなかぬ月
  • 880,681,60,2165は、さては淨土宗は眞言にもまさるへきかと勅問あり、宗をたつるならひ、わか宗他
  • 1249,675,60,2172又、祖師上人の法藏を荷擔して、圓戒淨土の要義その淵源を盡されしこと、天下の美
  • 1741,671,61,2165命に應して、彼寺に住して兩三年をゝくられし程に、元亨三年七月、玄觀上人入滅せ
  • 634,674,63,2163侍るに、普賢の願行も西方に歸し、龍樹の願偈も往盆をすゝむと見えたれは、所趣の
  • 759,673,59,2168宗よりもおとれりと申事やはあるへき、いはむや眞言は普賢・龍猛を祖とする宗にて
  • 1493,685,60,2156へきにて、その中陰に、西山の老僧等迎接ありて、又往生院の住持をそ兼帶せられけ
  • 1864,680,57,2159され、はやく管領をいたして、眞俗を興行すへきよしを、おほせくたされしかは、勅
  • 151,727,43,466寶治元年十一月二十六日
  • 1137,304,42,211天皇ノ勅問
  • 1095,313,37,198ニ奉答シテ
  • 1181,304,39,211康空後醍醐
  • 1521,303,41,210往生院ノ住
  • 1478,304,39,206持ヲ兼帶ス
  • 1051,304,39,165叡感アリ
  • 151,728,43,466寶治元年十一月二十六日
  • 159,2493,42,121二五七

類似アイテム