『大日本史料』 6編 6 暦応3年正月~暦応4年12月 p.718

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落て死せし所なり、今土俗一生害灘といふ、, おひては、非職凡下をいはす、恩賞を申與へきよしをひろうす、高貞一日も, 宮原古老傳ニ曰、高貞自害せし時、木村源三高貞, 其跡燒堂の印と云傳ふ、廟前の印に老木の松あり、内室の守り本尊十一面, 身をかくすへき所なけれは、佐々布山に取上て一軍せんと、馬をはやめて, 寺ト號ス, か叛逆露顯の間、誅罰せむため下向する所なり、是を討て出したらむ輩に, て指殺、御供の人々のこらす腹を切て死て候なり、高貞是を聞、命生ては何, 行ける所に、中間一人走附て申けるは、御臺公達をは、播磨の陰山と申所に, 門佐師氏、三百餘騎にて同國安來の庄に著、すなはち國中に相ふれて、高貞, かせむ、師直か敵と成て思知せんする物をと忿て、馬の上にて腹を切倒に, 觀音御長ケ五寸六分、内室の法名は水月院円通妙應大姉と云、則禪宗圓通, に出雲國に下著しぬれは、四月一日追手の大將山名伊豆守時氏、子息右衞, 白石濱鹽谷判官高貞、三月廿七日都を出、同晦日, か首を此所の泥土に埋し深田なり、今はちいさき池となり、如何なる旱魃, 〔雲陽志〕, 〔雲陽志〕, 四意宇郡, 四意宇郡, 中佐々布村, 中白石村, 口四, 生害灘, 高貞ノ首, ヲ埋ムト, 傳フル地, 高貞自殺, 傳フル地, ノ舊蹟ト, 南朝興國二年北朝暦應四年三月二十四日, 七一八

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  • 四意宇郡
  • 中佐々布村
  • 中白石村
  • 口四

頭注

  • 生害灘
  • 高貞ノ首
  • ヲ埋ムト
  • 傳フル地
  • 高貞自殺
  • ノ舊蹟ト

  • 南朝興國二年北朝暦應四年三月二十四日

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  • 七一八

注記 (31)

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