『大日本史料』 6編 8 康永3年正月~貞和元年4月 p.110

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件、, るところ、かの御しき地, 宜の敷地なをによて、御奏聞をへらるゝきさみ、五辻子大宮, に異亂にをよふ條、歎存ものをや、凡狹少乃しを地をわかちよをられて、當, 寺一分の檀那とならをおはしまさは、永刧値遇の御善縁たるへし、をんす, た、〓ひ〳〵望申といへとも、難義のよし仰下さるゝによて、此寺造營すて, ふき〓てまつり、もは曩御願圓滿の懇祈をいたさんかをめに、目安言上如, をわかち給て、さうゑいの功をゝへ、ことに佛法歸依の御こゝろさしをあ, この寺のうしとつ發すみ、此御所御山庄のしき地も、今當寺の要所〓るあい, 在所たるへきよし、院宣をくたされ、すてに建立のくはたてにをよふ處に、, 當寺の, の御壹め、かつと家門繁昌の御願として、草創をられ〓とするところに、便, のひつしさるすみ、東西十二丈、南北廿七丈, 契約五辻坊城北〓敷地, かうゑい三年四月日, 楞伽寺前敷地去状了圓、, (端書), 奥南北拾六丈, 良昭僧, さし圖, 口東西壹丈八尺、, 進上之, 正坊跡, 沙彌了圓, 北〓敷地, 五辻坊城, 南朝興國五年北朝康永三年二月二十六日, 一一〇

割注

  • 奥南北拾六丈
  • 良昭僧
  • さし圖
  • 口東西壹丈八尺、
  • 進上之
  • 正坊跡

頭注

  • 沙彌了圓
  • 北〓敷地
  • 五辻坊城

  • 南朝興國五年北朝康永三年二月二十六日

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  • 一一〇

注記 (28)

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