『大日本史料』 6編 8 康永3年正月~貞和元年4月 p.379

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云々、, 今日藏人次官朝房觸申云, ありたく候事なと候はゝ、別してせんれいをいそき御たりね候へきよ, をたつね候て申候へきよし、ふ行におにられ候つれとも、しゆく所かと, をく候て、さうを申候事、をそく候ぬとおほしめされ候へは、とく御心え, ぬくにむのちもくの事、なかあきしきりにいそき申候ほとに、せんれい, 復任除目、任例可致沙汰之由奉了、頭右大辨相觸之間、加下知候云々、, 十七日甲戌、天陰、午刻已後雨降、終日不休、今旦卯一點藤中納言以時付状尋, 延慶二年二月廿九日同神輿御入洛、三月二日依宇佐宮事、被行院殿上議定, 被仰下之間、如此令申候也云々、兩條可存知旨有御請文、明日十七日可被行, 銘云, 申云、今日復任除目事、女房奉書如此、可爲何樣候哉、准據例候者可注給候也, 仁二年七月十三日東大寺神輿御入洛、同卅日被勘伊與國三島社造營日時、, 云、明日十七日、可被行復任除目〓、任例可令致沙汰給候、頭辨定觸申侯歟、俄, 候、但此兩度經數日候乎、今度之儀日數不幾候歟、延否宜在時候云々、, 禮紙, 係ル、九月三日、及ビ九月九日ノ條ニ收ム、, ○中略、伏見天皇聖忌、及重陽平座ノコト, 南朝興國五年北朝康永三年八月二十三日, 三七九

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  • 係ル、九月三日、及ビ九月九日ノ條ニ收ム、
  • ○中略、伏見天皇聖忌、及重陽平座ノコト

  • 南朝興國五年北朝康永三年八月二十三日

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  • 三七九

注記 (20)

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  • 1532,620,59,782今日藏人次官朝房觸申云
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