『大日本史料』 6編 12 貞和4年10月~貞和5年10月 p.52

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〔參考〕, ム、マタ、本書宛名ヲ闕ク、阿蘇文書ノ記入ニ從ヒ、惠良惟澄ト認メテ掲, て、合戰とてもなかりしなるへし、惟時所望の文章云々とは、惟時恩賞地所, ○本條ノ事、年紀ヲ詳カニセザレドモ、前後ノ状勢ニ考へ、姑ク此ニ收, 事諸方得利候なれは、付公私めてたく候とは、前に當國の凶徒を御對治の, 御方打勝たる故、諸方得利とはいひたるなるへし、此比筑後御發向あるへ, 望の事につきての文書のこと、また芳野の公卿達よりの状なとをさして, 書ス、コノ後、懷良親王、惟時ニ忠節ヲ致サバ、阿蘇社神領ヲ安堵スベキ, ヲ告ゲ、同社ノ衆徒等ヲシテ祈祷ヲ勵マサシメラルヽコト、明年正月, き御觸はありしかとも、道猷か寄來るよしにて、其事もやみ、道祐もいかゝ, したりしや、年内には寄來りし事も聞えされは、此すちはまつ無事になり, いふなるへし、その状共は、追々前にも見えたる趣はかりにて、何度もたゝ, ため、軍勢をわけ遣はされしことあれは、其時方々にての合戰、いつかたも, 十九日ノ條ニ見ユ、參看スベシ、, 〔征西將軍宮譜〕七此状宛所は見えされとも、惟澄への状なるへし、世上, 南朝正平三年北朝貞和四年十月二十八日, ソキテノ, 本文書二, 考, 五二

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  • 五二

注記 (20)

  • 1211,793,75,202〔參考〕
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