『大日本史料』 6編 13 貞和5年11月~観応元年11月 p.389

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より斑鳩によきり、數萬の武夫を以て赤松村に滯留せる事五十餘日、白旗, 治りて後は佛法に歸して、再ひ彼叢林によりて、別法和尚を招請して、寺領, の城をかこむ事十重百重、いたく是を攻れ共、魏々たる彼石徑屈曲して羊, として四至堺を定めおかれ、みつから寄附の證判を加へらる、其詞に云く、, 釣の弩つよく轉し、發せる矢しりは鐵雨を降らす、城外の萬卒志倦み體つ, かれて、猿枝をめくるに苦しめり、由基か神箭此城より發て、箭頭にもるゝ, を呑といへ共、圓心に項羽の敗軍無くして壘を深くし兵をするとくす、千, 者なし、其死骸幾許といふ事をしらす、義貞力盡て、捨て西國をせめんとす, れ共、一陣無功にして再戰全からす、終に空しく去て兵庫にたむろす、是よ, す、男子四人皆豪傑の士也、世に是を赤松家の四天王と云き、所謂強將の下, に弱兵なしと、况哉其子をや、中にも則祐は白旗の城の次主たり、圓心は世, 腸をなす、四面の盤旋萬仭壁を立たるか如し、義貞に阿滿の氣勢有て播州, ならしむとや、義貞何そ此舊規を顧みさるや、西國發向の最初、當國加古川, り官軍は日を追て弱はまされ、賊軍は月を重ねて威勢あり、終に天下の武, 將となる、爰に於て先圓心父子を封して、播磨美作但州三箇國の守護職と, 四天王, 赤松家ノ, 南朝正平五年北朝觀應元年正月十一日, 三八九

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  • 四天王
  • 赤松家ノ

  • 南朝正平五年北朝觀應元年正月十一日

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  • 三八九

注記 (19)

  • 1797,685,60,2209より斑鳩によきり、數萬の武夫を以て赤松村に滯留せる事五十餘日、白旗
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