『大日本史料』 6編 14 観応元年11月~観応2年4月 p.638

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安藤駿河守隆光と云し人なり、愛子二人を失ひ、依夢想發心し、夢の告に, 體あり、第七段箱根御通りのとき上下二人笈も替るなり、箱根屋しきも, の筆なり、御銘御贊は覺如上人なり、此御繪傳に十所の異傳有之、先初傳, 人と各櫻花を持て走廻り玉ふ體相あり、第三段に陽明門の外に官女の, 國へ來り、花木と云所に令居住、夫より志多利と云所へ移り、此所にて七, に國府に於て御説法の體を畫けり、第六段に下野國室の八島御通りの, 姿を畫けり、松虫鈴虫と云へる官女なるべき歟、第四段に信心諍論の處, 十八歳にて往生せらる、後年覺如上人御巡國のとき、今の地に引移し、寺, 任せ、稻田へ尋來て御弟子となれる人なり、其後依仰本國へ歸て、豊島郡, に、一人の官女と見えし女、尼の姿と成て檐に居て聽聞の體あり、第五段, 荒木と云所に一宇を建立し、萬福寺と號す、其後依群類を化度の所縁、當, 多く有之、第八段に御往生のときの御姿、白き御小袖御夜具等有之、第九, 號をも改如意寺、寳物少々あり、右寳物の内に三幅の御繪傳は、土佐光業, に聖人御誕生の體相あり、第二段に御兒三四歳許りの體、同じ比の兒三, 段御厨子閉帳の體有之、第十段に東山御廟の體有之、松山の中に十三重, 南朝正平六年北朝觀應二年正月十九日, 六三八

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  • 六三八

注記 (17)

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