Loading…
要素
割注ノンブル
OCR テキスト
營構す、正應三年覺如上人關東御經廻の時、西念百七歳にして〓し奉り、悦, 二十日, 共に息たへ畢ぬ, 則師弟の約をなして西念と給はる、後武州足立郡野田と云る所に一宇を, ス、, 云へきか、自今以後此寺長命寺と號すへしと云々、西念は翌年百八歳、三月, 州五智の如來に詣つ、つゐに靈告を蒙り、高祖聖人の謫居に至り志を告る, 豫すること云ばかりなし、ときに覺如上人西念に被仰云、安心の軌則はい, 頼重, かにと、西念高祖より口決する所明かに速成す、上人の云、年齡の朽邁もは, 十五日させる惱なくして端座合掌し、觀彼如來本願力の文を誦し、念佛と, や耄言もあるへきに、高祖の口決遺忘なき條神妙也、命ち長きしるしとも, 手書ヲ美濃ノ明智頼重、土岐孫三郎ニ與ヘテ、直義ヲ合撃センコトヲ諭, 尊氏、播磨ニ陣シ、高師泰ト兵ヲ合セテ京都ニ入ラントシ、是日、, 自此號土岐明智、領濃州土岐郡之内明智郷、故又分一氏而稱明智、乃臣家, 〔明智系圖〕清種源〓, 南朝正平六年北朝觀應二年正月二十日, 民部少、從五位下、, 假名彦九郎、法名淨榮、, 庚, 午, 南朝正平六年北朝觀應二年正月二十日, 六六六
割注
- 民部少、從五位下、
- 假名彦九郎、法名淨榮、
- 庚
- 午
柱
- 南朝正平六年北朝觀應二年正月二十日
ノンブル
- 六六六
注記 (23)
- 1595,645,74,2210營構す、正應三年覺如上人關東御經廻の時、西念百七歳にして〓し奉り、悦
- 769,578,70,212二十日
- 895,652,57,502共に息たへ畢ぬ
- 1712,650,69,2206則師弟の約をなして西念と給はる、後武州足立郡野田と云る所に一宇を
- 542,588,57,70ス、
- 1128,653,71,2210云へきか、自今以後此寺長命寺と號すへしと云々、西念は翌年百八歳、三月
- 1827,639,70,2222州五智の如來に詣つ、つゐに靈告を蒙り、高祖聖人の謫居に至り志を告る
- 1481,651,70,2203豫すること云ばかりなし、ときに覺如上人西念に被仰云、安心の軌則はい
- 312,657,54,125頼重
- 1361,660,73,2198かにと、西念高祖より口決する所明かに速成す、上人の云、年齡の朽邁もは
- 1013,651,71,2208十五日させる惱なくして端座合掌し、觀彼如來本願力の文を誦し、念佛と
- 1243,656,70,2197や耄言もあるへきに、高祖の口決遺忘なき條神妙也、命ち長きしるしとも
- 650,572,94,2307手書ヲ美濃ノ明智頼重、土岐孫三郎ニ與ヘテ、直義ヲ合撃センコトヲ諭
- 770,884,92,1997尊氏、播磨ニ陣シ、高師泰ト兵ヲ合セテ京都ニ入ラントシ、是日、
- 198,727,72,2141自此號土岐明智、領濃州土岐郡之内明智郷、故又分一氏而稱明智、乃臣家
- 406,614,101,658〔明智系圖〕清種源〓
- 1941,714,49,772南朝正平六年北朝觀應二年正月二十日
- 342,804,46,495民部少、從五位下、
- 297,808,49,628假名彦九郎、法名淨榮、
- 804,804,45,64庚
- 760,816,43,44午
- 1941,713,50,773南朝正平六年北朝觀應二年正月二十日
- 1958,2441,42,120六六六







