『大日本史料』 6編 14 観応元年11月~観応2年4月 p.666

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營構す、正應三年覺如上人關東御經廻の時、西念百七歳にして〓し奉り、悦, 二十日, 共に息たへ畢ぬ, 則師弟の約をなして西念と給はる、後武州足立郡野田と云る所に一宇を, ス、, 云へきか、自今以後此寺長命寺と號すへしと云々、西念は翌年百八歳、三月, 州五智の如來に詣つ、つゐに靈告を蒙り、高祖聖人の謫居に至り志を告る, 豫すること云ばかりなし、ときに覺如上人西念に被仰云、安心の軌則はい, 頼重, かにと、西念高祖より口決する所明かに速成す、上人の云、年齡の朽邁もは, 十五日させる惱なくして端座合掌し、觀彼如來本願力の文を誦し、念佛と, や耄言もあるへきに、高祖の口決遺忘なき條神妙也、命ち長きしるしとも, 手書ヲ美濃ノ明智頼重、土岐孫三郎ニ與ヘテ、直義ヲ合撃センコトヲ諭, 尊氏、播磨ニ陣シ、高師泰ト兵ヲ合セテ京都ニ入ラントシ、是日、, 自此號土岐明智、領濃州土岐郡之内明智郷、故又分一氏而稱明智、乃臣家, 〔明智系圖〕清種源〓, 南朝正平六年北朝觀應二年正月二十日, 民部少、從五位下、, 假名彦九郎、法名淨榮、, 庚, 午, 南朝正平六年北朝觀應二年正月二十日, 六六六

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  • 民部少、從五位下、
  • 假名彦九郎、法名淨榮、

  • 南朝正平六年北朝觀應二年正月二十日

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注記 (23)

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