Loading…
要素
割注ノンブル
OCR テキスト
とも、むかし申候半には、下練馬と白子との間の流を指候歟, 義宗等上州にて義兵を揚, つたき事候に歟、もし此道筋に淵瀬もはかられ候はぬと申ほとの水, へき事を謀らると云々, かたき大略先如此に候、その餘は論するにおよはす候, んて、義宗注進の状を前帝へ献せられ候、又五日の記には、よし宗は宗良, 代藥師寺并上杉一類を撃破り、十八日に鎌倉に攻入候處に、尊氏すてに, 邊まては戰場より六七里に及ひもすへく候、然らは坂東道四十六里, 鎌倉を去て武州狩野河の城に楯籠る、十九日に狩野河へ打向時にのそ, 園太暦正平七年三月朔日より五日まての文をみるに、閏二月十五日に、, みちもなを遠く、そのうへ中間にみつは見へ渡らす候歟、記文の心得, 親王を警固し奉り、義興義治以下諸將は武州に立歸るを、敵陣を撃平候, 隔り候事に候、もし又唯今北野へ往來し候道筋田無、關、中野を經候て, と申候も近かるへく候、雖然石濱にては、此水よりしてはなを大小道, 十六日には國中の將軍方を對治し、同日に武州へ打越へ、武州の前守護, 此, 正平七年閏二月二十日, 此武州へ立つヘるは、狩野, 圖にみ, 河の事訖りて後の事歟, 略、, ○中, ヘたり、, 正平七年閏二月二十日, 二六〇
割注
- 此武州へ立つヘるは、狩野
- 圖にみ
- 河の事訖りて後の事歟
- 略、
- ○中
- ヘたり、
柱
- 正平七年閏二月二十日
ノンブル
- 二六〇
注記 (25)
- 1700,770,59,1781とも、むかし申候半には、下練馬と白子との間の流を指候歟
- 883,687,56,778義宗等上州にて義兵を揚
- 1817,780,60,2050つたき事候に歟、もし此道筋に淵瀬もはかられ候はぬと申ほとの水
- 181,702,60,696へき事を謀らると云々
- 1117,768,56,1640かたき大略先如此に候、その餘は論するにおよはす候
- 417,692,59,2145んて、義宗注進の状を前帝へ献せられ候、又五日の記には、よし宗は宗良
- 647,685,60,2146代藥師寺并上杉一類を撃破り、十八日に鎌倉に攻入候處に、尊氏すてに
- 1583,764,58,2066邊まては戰場より六七里に及ひもすへく候、然らは坂東道四十六里
- 532,685,60,2143鎌倉を去て武州狩野河の城に楯籠る、十九日に狩野河へ打向時にのそ
- 999,686,58,2164園太暦正平七年三月朔日より五日まての文をみるに、閏二月十五日に、
- 1232,763,58,2067みちもなを遠く、そのうへ中間にみつは見へ渡らす候歟、記文の心得
- 301,689,61,2141親王を警固し奉り、義興義治以下諸將は武州に立歸るを、敵陣を撃平候
- 1349,760,58,2063隔り候事に候、もし又唯今北野へ往來し候道筋田無、關、中野を經候て
- 1465,768,58,2059と申候も近かるへく候、雖然石濱にては、此水よりしてはなを大小道
- 767,689,56,2143十六日には國中の將軍方を對治し、同日に武州へ打越へ、武州の前守護
- 1701,2774,53,56此
- 1931,690,44,423正平七年閏二月二十日
- 214,1413,43,762此武州へ立つヘるは、狩野
- 1731,2567,39,186圖にみ
- 165,1419,49,692河の事訖りて後の事歟
- 868,1485,43,51略、
- 912,1488,40,111○中
- 1690,2578,38,188ヘたり、
- 1931,690,44,424正平七年閏二月二十日
- 1933,2424,44,117二六〇







