『大日本史料』 6編 20 文和4年9月~延文元年11月 p.847

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などは學者、名醫、名僧といへども、其家々の道は不案内と申べきや、, もあらば義經は名將たりといへども、武道不案内、命壽院、延壽院、弘法大師, 尊圓法親王名手にまし〳〵て、大師道風の書体を學ひ、獨立して我國の書, 道御不案内と見たる事げに尤なるかな、諺にも座頭の垣除き、不謂事也、左, に疵を付るは、淺ましくなげかしき事なり、能筆の心ざし不偏不易の正し, き心法を守り、慢心毛頭なく、人にしられむ事を不好は實なるかな、されば, をすゝむるは人を誑に似たり、諒其身暗昧に落入のみならず、過なき筆道, 點を筆道と覺、しみつき暗き心盲よりしては、尊圓親王は御能筆にても、筆, といへり、左もあれは筆道と能書はちがひたるやいかん、, 門主、慈道以來代々精筆法、尊圓特爲傑出、故稱尊圓樣、又謂御家樣、於本朝爲, 〔燈下雜記〕和樣和樣といふは、九十四代花園院の御時、天台座主青蓮院, 筆道者とて、逸狂偏僻異風なる字形を作り書なし、善を損り惡, るにあらず、しかれば師のいへるに、尊圓親王御能筆にても、筆道御不案内, 師の曰, 能書之隨一也, 〔筆道祕傳鈔, 二、幽傳問、筆道を習ひ許を得るといへども、手跡の能な, 〔筆道祕傳鈔〕〓上二、幽傳問、筆道を習ひ許を得るといへども、手跡の能な, 南朝正平十一年北朝延文元年九月二十三日, ○中, ○上, 略, 略, 略○, ドモ筆道, 能筆ナレ, ニ不案内, 御家樣, 御名手, 南朝正平十一年北朝延文元年九月二十三日, 八四七

割注

  • ○中
  • ○上
  • 略○

頭注

  • ドモ筆道
  • 能筆ナレ
  • ニ不案内
  • 御家樣
  • 御名手

  • 南朝正平十一年北朝延文元年九月二十三日

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  • 八四七

注記 (31)

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