『大日本史料』 6編 22 延文3年9月~延文5年正月 p.491

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

一人之外、無御共者、况末代無人時乎、旁誡仰了, 申入了、, 談之、予〓之問答了、, 人も候はぬ、心ほそくおほしめしさふらぬにも、おなし御すかたにて、も, しや其定なとに、御まいり候と、またるゝやうに、御たのみさへ、さふらは, んし候へきよしを、まいり候て、よく〳〵申候へきよし、おほせられ給候, さらん、心ほそくなけき、おほしめし候、せめていましはし、かまへて、御ふ, おほかたは申され候も、さる事にて候へとも、あまりに、世にさりぬへき, 十六日、天陰、抑頭辨忠光朝臣入來、勅使也、被驚仰素懷事、以大納言問答、恐畏, 十九日、天晴、予素懷事、先日忠光朝臣、仰詞聊不審、仍委旨昨日達三位局了、今, 十七日、天陰雨、御子左中爲遠朝臣、爲父卿使入來、訪出家事、又勅撰奏覽間事, 雖勿論、此間家僕更無人之上、實夏顯職近日可任歟之旨蜜望之時分、愚身難, 點、止、雖果遂、家司等供奉、不可然之間、堅制止之了、且嘉元青侍、前能登守助員, 朝返事到來續之、, 御いとま乃事、なをとりとてたるやうに、あせちの大納言申候しほとに、, 南朝正平十四年北朝延文四年四月十五日, 正本ちらし書巾、, 返書, 三位局ノ, 南朝正平十四年北朝延文四年四月十五日, 四九一

割注

  • 正本ちらし書巾、

頭注

  • 返書
  • 三位局ノ

  • 南朝正平十四年北朝延文四年四月十五日

ノンブル

  • 四九一

注記 (21)

  • 1667,663,64,1336一人之外、無御共者、况末代無人時乎、旁誡仰了
  • 1438,646,51,209申入了、
  • 1202,646,60,572談之、予〓之問答了、
  • 612,725,68,2137人も候はぬ、心ほそくおほしめしさふらぬにも、おなし御すかたにて、も
  • 496,731,66,2132しや其定なとに、御まいり候と、またるゝやうに、御たのみさへ、さふらは
  • 262,738,65,2130んし候へきよしを、まいり候て、よく〳〵申候へきよし、おほせられ給候
  • 380,734,65,2136さらん、心ほそくなけき、おほしめし候、せめていましはし、かまへて、御ふ
  • 731,734,65,2127おほかたは申され候も、さる事にて候へとも、あまりに、世にさりぬへき
  • 1551,643,68,2217十六日、天陰、抑頭辨忠光朝臣入來、勅使也、被驚仰素懷事、以大納言問答、恐畏
  • 1085,648,68,2212十九日、天晴、予素懷事、先日忠光朝臣、仰詞聊不審、仍委旨昨日達三位局了、今
  • 1319,645,66,2214十七日、天陰雨、御子左中爲遠朝臣、爲父卿使入來、訪出家事、又勅撰奏覽間事
  • 1903,632,67,2220雖勿論、此間家僕更無人之上、實夏顯職近日可任歟之旨蜜望之時分、愚身難
  • 1786,632,65,2223點、止、雖果遂、家司等供奉、不可然之間、堅制止之了、且嘉元青侍、前能登守助員
  • 967,647,59,495朝返事到來續之、
  • 852,727,66,2149御いとま乃事、なをとりとてたるやうに、あせちの大納言申候しほとに、
  • 157,745,47,816南朝正平十四年北朝延文四年四月十五日
  • 910,724,44,311正本ちらし書巾、
  • 818,292,42,82返書
  • 864,291,41,168三位局ノ
  • 157,745,46,815南朝正平十四年北朝延文四年四月十五日
  • 166,2459,47,109四九一

類似アイテム