『大日本史料』 6編 25 貞治2年3月~貞治3年7月 p.82

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拂の鞠をとりて退く、此間藏人又枝に二付たる鞠, ありて、御鞠にはめされ侍なり、此度の御裝束の御文色などの事、大殿など, めさる、大方主上御指貫をめさるゝ事は、五節の帳臺試の時、おほやけ殿上, 各庭上の座につかる、其後前の殿に立べきよし、〓に仰らる、今日は見證の, に申談せらるゝことにや、出御の後、式の座につかせ給て、御氣色によりて、, の御所の木の下、北面の立部によせたつ、其後出御あり、大殿南殿の方より, 座に候べき由を固く申さる、たび〳〵の仰につきて、座を立て、さきの庭を, 人にまぎれむが爲、めさるゝ事あり、これになぞらへて、後鳥羽院より沙汰, 指貫, らる、基清朝臣、懷國、敏久、音平、能隆、商久、重敏など次第にたつ、いく程なくて、, へて、西の立部の内に立入られて、沓轤をはき、指貫を直さる、嘉元に光明照, 御袴などいふたぐひあれ共、此度は建久已下たび〳〵例によて、御指貫を, 常にはひの御大口に、くゝりをさしてめさるゝにや、小口の, 露拂とゞまる、殿直廬にで沓轤はきて、庭上を經て座につかる、藏人懷國露, 進みて、東西の南の第四間の御簾をかゝげらる、出御あり、御直衣薄色の御, 院の關白俄に仰を承て、直入て沓轤をはかれける例に侍とかや、奉行頭中, をもちて、北, すべ鞠下、, 白まり上、ふ, 文くはに, あられ, 御鞠ニ御, サルヽ例, 指貫ヲ召, 出御, 南朝正平十八年北朝貞治二年五月十一日, 八二

割注

  • すべ鞠下、
  • 白まり上、ふ
  • 文くはに
  • あられ

頭注

  • 御鞠ニ御
  • サルヽ例
  • 指貫ヲ召
  • 出御

  • 南朝正平十八年北朝貞治二年五月十一日

ノンブル

  • 八二

注記 (27)

  • 1586,866,58,1497拂の鞠をとりて退く、此間藏人又枝に二付たる鞠
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