『大日本史料』 7編 4 応永6年7月~同8年4月 p.237

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るに、城の木戸のきわに、一首の札をそ建壱りをる、, るか、新介降參すと聞て、今は腹切に及はす、降參も無盆なりとて、大和路に, るは、京兆打死の上は、尤御腹を召のるへき條其謂あり、乍去今度乃事、巡議, の合戰にあらす、朝敵となれり、本より本意とも思食されぬ謀反なり、なに, 我も〳〵と具足ぬきをき、腹きらむとするに、平井、新介か刀ををさへ申を, なりして申きれゐ、降參と云事は我家の〓なるへしと云て、已ニ腹に刀を, 井か諫言にそ從きる、三百餘騎此上はとて降參す、楠木二百餘騎尚相戰け, けしあつる處に、重て取つき、平井種々に申きれぬ、無力降參すへしとて、平, かは苦かるへき、御降參あるへし、命は義に依て輕とこそ申て候へと、〓を, いけめしにかゝはりもさぬひちはり木功をもなさて打れきる哉, 介申きるは、京兆既打死する上は、今は腹切んとしけれし、相從者三百餘人。, 年絶さりきるも、今更思出されたり、去程に陣々悉落居して、翌日各打歸と, かゝりて落行きり、菊池の肥前は自稱にも似す、打死もをすして、行方知す, 落失ぬ、けるほとに、城には矢櫓勢樓より、烈き風に火飛まはり、堺一万二〓, 〓至まて、一宇も殘す、同時に灰燼とな□□□白〓宮の燒けん火、三, 應永六年十二月二十一日, 楠木勢, 參ヲスヽ, 弘茂ニ降, 弘茂降參, 菊池肥前, 平井道助, 二三七

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  • 楠木勢
  • 參ヲスヽ
  • 弘茂ニ降
  • 弘茂降參
  • 菊池肥前
  • 平井道助

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  • 二三七

注記 (23)

  • 313,665,69,1501るに、城の木戸のきわに、一首の札をそ建壱りをる、
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