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後にしたりとみへたり、開山の傳に、弘安三年に寂すとあり、至徳は後也, 治病のために、奈須の温泉に到る、次て〓生石を打破すとあり、按するに、源, 翁禪師、大覺禪師に嗣法すと云事、源翁傳に載、寺僧も云傳る事なれは、明徳, 書之とあり、此二字は墨なり、按するに此袈裟開山の袈裟にて、書付は以, 郡天士淨底居士檀那也、至徳乙丑二月念五日と廿三字を朱にて書、下に, 持寺大徹沙門に命して、〓生石の元に行て、彼亡魂を救はしむ、時に源翁は, を掘てみけるに、藥師の木像頭面のみあり、少も不朽して鮮かなり、即ち, 又千手經〓蒙記、〓生石の記を載たり、其略に云、明徳元年、鎌倉より能州總, 馨四方に薫す、立寄て袈娑を〓、墓におほへは、啼音やみけり、夜明て此墓, 像は鮮かなり, 音しけるを、源翁怪しく思ひ、其處を見るに、小墓あり、金色の光を放ち、異, 二十五條袈裟壹頂開山の袈裟なり、裏に書付あり、佛超禪庵空外叟と, 藥師の像を刻み、其腹中に收め置たり、故に里俗啼藥師と云なり、, 七字を朱にて書、下に花押あり、墨にて書、空外は開山の號なり、武州多東, 開山自贊畫像壹幅贊文字滅して、眞字識字なとかすかに見ゆるなり、, ○中, ○中, 略, 略, 袈裟, 二十五條, 自贊畫像, 應水七年正月七日, 四三七
割注
- ○中
- 略
頭注
- 袈裟
- 二十五條
- 自贊畫像
柱
- 應水七年正月七日
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- 四三七
注記 (24)
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