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花落て根に歸ことく、佛法東漸す、佛を去こと千五百歳にして、後漢明帝の, 天皇の御子聖徳太子誕生ありて、佛法をひろめ給ふ、兼て神道をつたへて, 夫以、遠劫より以來、衆生濟度の爲に、諸佛世に出給ふに、皇子ならさるはな, 時、佛法もろこしへわたる、是より四百數十歳を經て、欽明天皇十三年に、始, し、上位に居て、法をひろめたまふゆへ、萬民歸依しやすきこと、風の草をな, 長久、萬民の快樂、佛果菩提を祈もの也、爰洛城のひんかし、靈山正法寺開山, は佛法の根源也、儒道は佛法の枝葉也、天竺にて佛法の花實をあらはす、又, ひかすかことし、むへなるかな、上明なれは、下民是にならひて、をのつから, て佛法來朝す、佛法に歸する者は、貴賤上下災を銷し、福を受、されは寶祚の, 正しく、上闇ときは、下に賢者あれとも、道行はれずと云事、日域三十代欽明, 推古天皇へ奏していはく、日本に生種子、震旦現枝葉、天竺開花實、故に神道, 天皇御宇に、佛像經典新羅國よりわたる、又三十二代敏達天皇二年に、用明, 國阿上人は、播磨國石塔四郎頼茂子也、母は安倍氏、子なき事を愁ふ、常に觀, 〔國阿上人繪傳〕一, 攝取不捨, 〓攝取不捨, 〓, 應永十二年九月十一日, 播磨ニ生, 俗姓石塔, 應永十二年九月十一日, 四〇四
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- 播磨ニ生
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- 應永十二年九月十一日
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