『大日本史料』 7編 9 応永14年7月~同15年4月 p.941

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

ひまには、御酒宴のみきりに興をもよほさるゝ事のみなり、, 侍れは、いとゝよろつにあかすをほしめされ侍るにや、還幸もいそかれ給, 卯月一日、下著畢、風呂立之、, 〔鹿苑院殿をいためる辭〕, 〔東院毎日雜々記〕三月廿八日、主上還幸、, かくて數, はす、御鞠もたひ〳〵になり侍て、御舟あそひいし〳〵、ことなる御會の御, 日の御とうりうことゆへなくて、おなしき廿八日と申に還幸あり、こしか, たゆくすゑありかたき世のためしとそ申あひ侍る, 御也、路次之行列如先日、但今出川中納言、三條大納言兩人今日不供奉云々、, 三の船の御あそひ、そのほか御連歌にいたるまて、日々にのこることなく, 同廿八日、還幸、, 〔宮寺見聞私記〕, 宿安養寺、雜事下向用意之、, かくて御まり、御うたの御會、, 廿九日、門跡樣御參御所、同參了、懸御目、珍重々々、今日自御中程下向、著田邊、, 北山行幸記, 同廿八日、還幸、供奉人々少々、, 廿八日、天陰、雨不降、今日還, 〔東寺王代記〕, 〔東寺王代記〕當今同廿八日、還幸、供奉人々少々、, ○上略、全文ハ五月, ○京都帝國大學所藏文書所收, 應永十五年三月, ○石清水八幡宮, 六日ノ條ニ收ム、, 記録二十五所收, ○中, ○下, 略, 當今, 略, 應永十五年三月八日, 九四一

割注

  • ○上略、全文ハ五月
  • ○京都帝國大學所藏文書所收
  • 應永十五年三月
  • ○石清水八幡宮
  • 六日ノ條ニ收ム、
  • 記録二十五所收
  • ○中
  • ○下
  • 當今

  • 應永十五年三月八日

ノンブル

  • 九四一

注記 (34)

  • 703,617,62,1780ひまには、御酒宴のみきりに興をもよほさるゝ事のみなり、
  • 935,608,59,2202侍れは、いとゝよろつにあかすをほしめされ侍るにや、還幸もいそかれ給
  • 1281,608,58,785卯月一日、下著畢、風呂立之、
  • 1145,573,101,808〔鹿苑院殿をいためる辭〕
  • 1609,566,95,1249〔東院毎日雜々記〕三月廿八日、主上還幸、
  • 708,2557,53,251かくて數
  • 817,616,62,2196はす、御鞠もたひ〳〵になり侍て、御舟あそひいし〳〵、ことなる御會の御
  • 589,613,59,2195日の御とうりうことゆへなくて、おなしき廿八日と申に還幸あり、こしか
  • 471,616,61,1558たゆくすゑありかたき世のためしとそ申あひ侍る
  • 1744,610,63,2209御也、路次之行列如先日、但今出川中納言、三條大納言兩人今日不供奉云々、
  • 1049,608,58,2193三の船の御あそひ、そのほか御連歌にいたるまて、日々にのこることなく
  • 241,1684,58,428同廿八日、還幸、
  • 219,574,101,488〔宮寺見聞私記〕
  • 1395,608,58,784宿安養寺、雜事下向用意之、
  • 1167,1973,58,848かくて御まり、御うたの御會、
  • 1512,614,63,2204廿九日、門跡樣御參御所、同參了、懸御目、珍重々々、今日自御中程下向、著田邊、
  • 1843,580,86,384北山行幸記
  • 355,1259,58,853同廿八日、還幸、供奉人々少々、
  • 1865,2031,59,770廿八日、天陰、雨不降、今日還
  • 337,576,102,432〔東寺王代記〕
  • 335,580,104,1534〔東寺王代記〕當今同廿八日、還幸、供奉人々少々、
  • 1195,1409,42,528○上略、全文ハ五月
  • 1850,1040,44,894○京都帝國大學所藏文書所收
  • 1895,1030,41,474應永十五年三月
  • 270,1129,40,462○石清水八幡宮
  • 1151,1402,43,484六日ノ條ニ收ム、
  • 225,1129,41,461記録二十五所收
  • 732,2412,43,116○中
  • 500,2191,43,108○下
  • 688,2416,41,38
  • 385,1048,38,108當今
  • 457,2194,37,38
  • 140,687,42,381應永十五年三月八日
  • 138,2402,42,110九四一

類似アイテム