『維新史』 維新史 5 p.439

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をも示し給うたのである。斯くて七日卯刻, 淀城に抵りて御駐泊遊ばされ、翌日午半刻, 第二節東京奠都の廟議と車駕東幸, 罪し、江戸城は衂らずして官軍の收むる所となつたので、めでたく御凱旋あら, ぐ必要なきに至り、更めて御東幸の盛儀を拜し奉る事となつたのであつた。, 以て還幸遊ばさるべき旨を仰出された。併し東北地方は未だ全く鎭定した, 宴を賜ひ、其の勞を犒はせ給うた。而して其の後の情勢は、再び大坂行幸を仰, せられる事となり、閏四月四日扈蹕の公卿・諸侯及び諸有司を召し、本月七日を, 天機麗しく皇居に還幸あらせ, のではなかつたので、其の形勢如何に依つては、再び御親征あらせらるべき旨, られた。仍つて九日再び軍神を紫宸殿に祭らせ給ひ、又三職以下公卿・諸侯に, 行在所を出御、八軒屋の紀州邸濱より熊本藩樓船に乘御し給ひ、淀川を遡航し、, 既にして王師の進むところ、草木の靡くが如く、早くも前將軍徳川慶喜は服, 過ぎ、天皇に於かせられては, 午前, 六時, 午後, 一時, 還幸, 第三章東京奠都第二節東京奠都の廟議と車駕東幸, 四四一

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  • 午前
  • 六時
  • 午後
  • 一時

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  • 還幸

  • 第三章東京奠都第二節東京奠都の廟議と車駕東幸

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  • 四四一

注記 (21)

  • 1277,525,62,1328をも示し給うたのである。斯くて七日卯刻
  • 1048,517,61,1263淀城に抵りて御駐泊遊ばされ、翌日午半刻
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  • 701,522,64,2285ぐ必要なきに至り、更めて御東幸の盛儀を拜し奉る事となつたのであつた。
  • 1513,521,61,2325以て還幸遊ばさるべき旨を仰出された。併し東北地方は未だ全く鎭定した
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  • 1626,527,60,2320せられる事となり、閏四月四日扈蹕の公卿・諸侯及び諸有司を召し、本月七日を
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