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〔續史愚抄〕, ゆへと、百官萬人の美談にてそ有ける、, 有けるとかや、けふの大儀、雨風のさわりもなくとけおこなはれぬる、神感もそらにし, られ、聖運のいたりもあらはれてめてたし、しかしなからこれ内大臣殿申「御」さたの, 以下みな御けいの行粧をあらためす、しかるへからさる事なれとも、永徳の度もか樣に, 御ありて、其後やかて又出御、土御門殿へ還御なり、關白御裾に候せらる、供奉の公卿, 行幸儀、深夜還幸、公卿左大臣公行已下七人、殿上人左中將公頼朝臣已下十九人供奉、, 廿九日、癸巳、爲大嘗祭御禊、自官司行幸河原頓宮, 奉行院司右少辨盛光、, はしはらく御膳の幄にとうりう有て、又乘車にて官廳へ參會せらる、これよりさきに入, 幸棧敷殿、, 節下右大臣滿教及公卿内大臣, 御禊終行幸還御太政, 官廳、次還御土御門殿、奉行藏人頭左大辨時房朝臣、院, 被覽, 3持已下八人、近衞及司々等供奉、關白經嗣乘車參會頓宮、, 應永二十二年十月二十九日, 大祀假名記・南方紀傳, 兼宣公記・武家年代記・盆直記・, 十月, 三十三稱光院上, 路次不, 二條東, 三條, 洞院、, 末、, r、御同車、, (足利), 供奉、, 一宮、今上御, (小川宮), 義持, 還御, 土御門殿へ, 應永二十二年十月二十九日, 七一
割注
- 大祀假名記・南方紀傳
- 兼宣公記・武家年代記・盆直記・
- 十月
- 三十三稱光院上
- 路次不
- 二條東
- 三條
- 洞院、
- 末、
- r、御同車、
- (足利)
- 供奉、
- 一宮、今上御
- (小川宮)
- 義持
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- 還御
- 土御門殿へ
柱
- 應永二十二年十月二十九日
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- 七一
注記 (36)
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