『大日本史料』 7編 18 応永20年3月~同年12月 p.124

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中これに氣を屈して、たゝ折々は逆茂木の際まて下立て、時の聲を作り、矢を射出し、敵, 候、早く討手を向られすは、わさはひ大に成候へしとそ告たりける、左馬頭持氏きこし, 財を掠うはひ、民屋に亂入して米穀を捕運ひ、軍勢日にしたかひて馳付、漸やく國中に, 溢者共を招きあつめて、其勢五六百騎に及ふ、大佛の城に楯籠り、百姓を襲やかして資, かたし、手龜まらぬ藥もかなと、彼北越のたゝかひまて思ひ合せて、物わひしく心ほそ, 蔓こり候、城の要害極て堅固に、切岸高くそはたち、小勢をもつてはせめほしかたく, か、家の子郎從こゝかしこより馳まいり、懸田播磨守定勝入道玄昌をかたらひ、近邊の, みふらすみ、朝をく霜の霜柱、膚に徹りてすさましく、夕積雪や雪みそれ、凍え渡りて堪, めし、畠山修理大夫義忠に、八千よ騎を差副て向はしめらる、すてに城近く成しかは、, 大手搦手同時に押寄たりけれとも、たやすく責上り難し、なましゐの事に人數を損して, は然るへからすとて、城のふもとに陣屋を取かため、夜討の用心してそ居たりける、城, を小引て曰を送りけり、かくて十一月にも成しかは、嵐にましる時雨は間なく時なく降, さは限りなし、かゝる處に城中いかゝしたりけん、俄に失火もえ出て、折ふし吹すさふ, て申けるは、伊達大膳大夫入道か子息松犬丸、生年廿一歳、會津の山中にかくれ居たりし, 持宗等掠奪, 城中失火ス, ス, 應永二十年四月十八日, 一二四

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  • 持宗等掠奪
  • 城中失火ス

  • 應永二十年四月十八日

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  • 一二四

注記 (19)

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