『大日本史料』 8編 4 文明2年雑載~同3年11月 p.462

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なれと宣へは、定光歌に、, ノ條ニ見ユ、, 義實。東條常政ヲ金山城ニ殺シ、正木彈正ヲ降シヽコト、文安二年六, なされけり、, 見へたり、時節も秋の最中とあれは、大に違へり、可否はしらす、, 月九日ノ條ニ見エタリ、成義。久留里上總介ヲ撃ツコト、本年八月是月, 首村と云、大將成義仰けるは、此萩生城の風景賞するに堪たり、頃は秋の, 所興行ある、此事を世上にて和歌を敵より所望せりと云傳るは誤也と, 大將御感有て、小倉は文武の侍也と御賞美有けり、此時百韻の連歌於此, 最中なれは、此所にて興せん、小倉民部は先祖歌道の家なれは、心懸あん, 重て長南を攻へき道の順路を定め置れ、夫より開時を行ひ、白濱に御歸陣, 私云、小倉日記に云、此時城方の名有る首數百級濱邊に梟双へ、夫より百, 風そよく萩生の野邊を狩くらし今そ里見か有明の月, 十六日, 〓從三位坊城俊顯、飛鳥井雅康ヲ、正三位ニ敍ス、, 權中納言從三位藤俊顯、廿九、三月十六日敍正三位、, 〔公卿補任〕, 房總軍談記、但, し文は作意, 四十, 丑, 文明三年三月十六日, 四六二

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  • 房總軍談記、但
  • し文は作意
  • 四十

  • 文明三年三月十六日

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  • 四六二

注記 (23)

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